東今泉自治会                   戻る                                             

1.生い立ちと変遷
 今泉の地名は、平安末期から鎌倉期にかけての越前国吉田郡の中に見られる。またこの地は慶長11年(1606)頃の越前国絵図には北之庄上之郷に含まれるとある。この地が北と東に分けて呼ばれるようになったのもこの頃である。
 明治22年に吉田郡円山東村が誕生し、東今泉はそこに所属していた。その後昭和16年に福井市に編入合併されて福井市東今泉町となった。

2.独自の組織と活動
 ○青壮年会
   町内全戸対象の青壮年で構成され、自治会行事の企画運営の中心になっている。
 ○婦人会
   年齢によって如月会と泉会に分かれている。如月会は各教室と自治会行事の運営を担当している。泉会は「お説教」の開催およ   び定期的な体操教室の参加で健康で明るいまちづくりに心がけている。
 ○JA女性部・青壮年部
   本部開催諸行事への積極的参加と健康教室・料理教室などを実施しながら今後の農業問題も考えている。
 ○子ども会
   児童数は少なくなっているが、村祭りをはじめ夏休みラジオ体操など以前からの行事を継承している。
 ○防犯隊(市・円山支隊)
   昭和27年に東今泉・北今泉・下中の三ケ村で組織され、後に福井市防犯隊となり、安全で住みよい町づくりを目指して
   地区内外で活動している。


3.伝説
  布淵の(あと)
  東北今泉の中間を流るゝ荒川の一部なり。此付近の地を,
(ふち)ノ上といふ。口碑(こうひ)に傳ふ。
  
淵邊(ふちべ)(やぶ)にして,時に白布を(さら)すを見る。
  人若し,之を得んと欲して近づけば,淵中に
(おちい)るを常とせり。
  其底深く,上北野(足羽郡和田村),八田に通じ,時々,大
(あな)を生じ,
  水
(すい)
()を成して,奔入(ほんにゅう)し,川水為めに逆流す。
  故に逆流の名ありしと明治二十年,縣の補助を得て,
(これ)を埋め,石を(もっ)て甃めり。
  故に,今は,夫ぞとも一目に見分け難し。

  布淵の(あと)(現代訳)
  北東今泉の中間を流れる荒川の一部である。この付近の地を淵ノ上と呼ぶ。
  言い伝えによると、この辺りは竹が生い茂り、時々白い布が川水で洗われているのが見られた。
  この布を取ろうと近づくものは必ず川に落ちて流された。
  川は深く、上北野の方に通じていて大きな穴があり、水量が増えると逆流して水害をもたらすことがあった。  明治
20年、県の補助をもらって川に石を敷きつめて治水工事をおこなった。



     布淵の跡 東・北今泉の河戸 布淵の跡 東・北今泉の河戸