南四ツ居連合自治会 戻る

1.生い立ちと変遷
 福井城築城のとき城付近に住んでいた先祖が現在地に移住させらたと言われている。明治22年町村制施行のときこの地は円山東村四ツ居渡村となった。当時この地は,渡・広安・観音堂の三つの集落で構成されていたが,中心は広安でその東に渡,西が観音堂であった。
 昭和16年4月に福井市に編入された。その頃は専業農家5戸,兼業農家10戸,養鶏業2戸,機業5戸,商工業3戸,その他給料生活者11戸の集落だった。
 戦争・福井大空襲・福井地震・水害などを乗り越え,住宅の建設と戸数の増加により人口が増えていった。昭和40年代に入って土地区画整理が行われ,住宅の増加のみならず商工業施設も増加し,急速に都市化した。
 世帯数の増加で町内会長の負担が増大したために,町内会を分割して連合会制へと移行し,現在は5自治会からなる南四ツ居連合自治会となっている。 
  学区制が変更になり,中学生は成和中学校から大東中学校へと通学先が変更された。