2002/ 1/14作製
フェルマーの最終定理(4) Story of math-master
アンドリュー・ワイルズ1993年6月23日 フェルマーの最終定理ついに解決か!
1993年6月下旬、プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズは数学の国際会議のためイギリス・ケンブリッジへ旅立った。ケンブリッジはワイルズが大学院時代をすごした古巣で、ワイルズの指導教官であったコーツ教授が会議を主催していた。今回の国際会議は「岩澤理論」がテーマで、ワイルズは学位論文で岩澤理論をあつかっていて、その分野の権威でもあった。
「このことから、フェルマーの最終定理は証明されます。」 一瞬会場は沈黙した。それから、聴衆の称賛の声があがり、カメラのフラシュがたかれ、全員が総立ちでワイルズの証明を祝った。数分以内に、電子メールが飛び交い、ファックスは世界中にニュースを伝えた。 アンドリュー・ワイルズの憂鬱1994年9月19日 アンドリュー・ワイルズ
●問題発生・ある種のヘッケ環の理論的性質(リチャード・テーラー、アンドリューズ・ワイルズ著) 論文の審査に数ヶ月を要したが、今回はなんの問題もなかった。2つの論文は、1995年5月数学専門誌「数学年報」の掲載された。 この号は発売日前に売り切れとなった。(参照3:p192) |