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制作2000年03月05日
生命研究史
進化の謎
ラマルクは、その著書「動物哲学」1809年で「よく用いる器官は発達し、用いない器官は退化する。そしてこの形質が子孫に伝達されて、生物は進化する。」と述べている。これを用不用説と呼ぶ。しかし、生物が後天的に獲得した形質は遺伝しないことが明らかとなり、ラマルク説全体が省みられなくなった。
1809年、イギリス・シュルーズベリーの裕福な医者の家庭に生まれた。医学を学ぶためにエジンバラ大に入学。3年後、聖職者を目指してケンブリッジ・クライストカレッジに入学する。1831年から5年間、調査船ビーグル号に乗って各地を調査。1839年「ビーグル号歴訪諸国の博物学及び地質学の研究日記」を出版。 ガラパゴス諸島で動物を観察から、生物進化の仕組み=自然選択説にたどり着いた。1859年「種の起源」出版。(参考2/p155〜)
彼はブルノ(現在のチェコ)にあるトマス修道院の見習いとして、修道院長の作物の品種改良にを手伝うことから遺伝研究に入っていった。メンデルは6年間にわたりエンドウの交配実験を繰り返し、1865年ブルノ自然研究会で口頭で発表し、翌年その会誌に論文「雑種植物の研究」を発表した。メンデルはエンドウの7種の遺伝形質(種子の形が丸型orしわ型・・・他)を交配し、その雑種2世代まで調べることで、分離の法則・優勢の法則・独立の法則を発見した。(参考4/第一巻/P122)
1900年前後ド・フリースはオオマツヨウグサの交雑実験で、カール・コレンス(独)、エリッヒ・チェルマク(オーストリア)は独自にエンドウの交雑実験でメンデルの法則を再確認した。(3人はほぼ同時に、35年前のメンデルの論文を発見した。)また、オオマツヨイグサで突然変異を発見したド・フリースは「進化の基となる変異は突然変異で生じ、それに自然選択が働く」と考えた。
クリックは1932年ユニバ−シティ・カレッジ・ロンドンに入学し物理学を専攻する。1949年、ケンブリッジ大のキャベンディシュ研究所に入り、X線結晶回析を研究。
ワトソンは、1943年15歳でシカゴ大学に入学。動物学を研究する。インディアナ大で博士号を取得後、コペンハーゲンに研究留学する。1951年、キャベンディシュ研究所に移り、クリックと共同研究を開始する。1953年、春のある土曜の午前中、ワトソンはねじれた縄ばしごのような構造を見つけた。クリックとワトソンはDNAの構造と機能に関する4つの論文を発表する。(参考2:p301〜) ▼参考文献
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