KenYaoの天文資料館

1997/6/21製作
2006/05/08更新

中米の遺跡と天文

メソアメリカの遺跡

アメリカ大陸にヒトが住み着いたのは紀元前1万年ころと考えられているが、氷河時代で気温は涼しくマンモスなどの大型動物を中心に狩猟生活をしていた。BC7000年頃になると気温が上昇し、中米付近では農耕生活へと変化していった。

メキシコからコスタリカあたりまでの中米地帯を「メソアメリカ」といい、マヤ文明やアステカ文明が栄えた地域である。



オルメカ文化

オルメカ文化はマヤ文明の源流だと考えられてたが、はっきりしていない。 雨と水を司るジャガー神を信仰していたオルメカ族は、サン・ロレンソやラ・ベンタに巨大な祭祀センターを建設し、文字と数字を考案した。
工芸品には、人の赤ん坊の姿で唇がめくれ、ジャガーの牙が出ている顔の人形が多い。これは半人半ジャガー像と考えられる。また、人獣婚による神の創造神話があったとも言われる。

オルメカ文化は前期と後期に分けられる。
  • 前期(BC1500年〜BC900年):中心地は、サン・ロレンソで、重さ20トンに及ぶ巨大な石頭の彫刻が残っている。
  • 後期(BC 900年〜BC400年):中心地はラ・ベンタである。



マヤ文明

マヤの都といわれるティカルに人が住み始めたのはBC600年頃で、石造建築が始まったのはBC200年頃からという。
古代都市ティカルは最盛期には5万人の人口をかかえ、面積も120平方キロあったと推測されている。町の中央には5つの巨大なピラミッドがそびえる祭祀センターがあり、王族や神官たちの住む宮殿、石碑、競技場などさまざまな建造物があった。

●マヤ人の宇宙観
マヤの人々は、自分たちの住む世界は平らな正方形をしていると考えました。東西南北のそれぞれの端には聖なるカポックの木があって、どの木の上にもそれぞれの方位を象徴する色の羽をもつ鳥たちがとまっていました。また、世界の中心にも緑色のカポックの大木があり、地底世界の9層で根を張り巡らせて、地上世界13層に幹と枝を広げているます。この世界を4方から肩で支える4人の神(バカブ)、地底から地上まで22層の各層にもおのおの1人の神が宿っていて、太陽が運行する天には2つの頭をもつ大蛇が走りまわっていると信じました。

●天地創造の神話
マヤ系のキチュ族の神話伝説「ポポル・ヴフ」に、天地創造と人間創造の話しがある。
  • 神は1度目の人間を泥土で作った。
  • 神は2度目の人間を木で作った。
  • 神は3度目の人間を男は豆・女は草で作った。この段階では、人間はまだ考えることも神々と話すこともできなかった。
  • 神は4度目は白と黄色のトウモロコシで4人の人間を作くり、知恵を得た。

    マヤの人々は、人間が4度試作されるたびに、世界自体が大洪水などで4回破棄されたと信じた。



●マヤの天文学
マヤの祭祠センターには天文台があり神官たちによって天文観測が行われ、太陽と月と金星の正確な運行を記録し、日食と月食を予測していた。

マヤ天文台のなかで最も有名なのが、BC800年頃建てられたチチェン・イッツァのカラコルとよばれる円筒形の建物です。直径は約10mで、建物内部にはラセン状の階段があり頂部に通じています。北東側頂部は崩れて、正確な構造は失われているが階段にもうけられた窓が3つ残っています。計算によると、窓からは当時の金星の位置が測定されたと推測されます。


●マヤ暦
マヤ文明は独特の文字体系と天文学的計算をこなしてしまうすぐれた数学、さらに現代でも驚くほどの正確な暦を作成した天文学の知識がありました。

マヤの暦はBC3113年から始まるといわれ、暦は2つの周期があります。
1つは宗教年「ツォルキン」(1年260日)、もう1つは農業年「ハアブ」(1年365日)です。この2つの暦の組み合わせで(260と365の最小公倍数)18,980日(約52年)の1つの周期(日本の還暦60年に近い)ができる。


●マヤの数字
マヤの数表記は神様の横顔絵文字で表現され、20進法が基本となっている。ただし暦を数える場合、3桁目は360とする。


    「8.14.3.1.12」の場合は
  •  8(バクツゥン)X144,000日 =1,152,000日
  • 14(カツゥン) X  7,200日 =  100,800日
  •  3(トゥン)  X    360日 =    1,080日
  •  1(ウィナル) X     20日 =       20日
  • 12(キン)   X      1日 =       12日
  •                 合計 =1,253,912日


テオティワカン−−アステカ文明

BC200年頃、メキシコ高原の盆地テオティワカンに宗教都市がうまれ、ユカタン半島のマヤ文明に影響を及ぼしながら、AD500年ころ最盛期を向かえた。テオティワカンはアメリカ大陸初の計画都市で、太陽のピラミッドや月のピラミッドなどの神殿が中心の構成になっている。AD8世紀頃滅ぶ。

その後都市国家が乱立する時代が続き、13世紀登場したアステカ族がこの地域を統一した。テスココ湖の西岸に水上都市テノチティトランを建設した。


▼参考文献

  1. 桜井邦明著「天文考古学入門」1982、講談社現代新書
  2. 青木晴夫著「マヤ文明の謎」1984、講談社現代新書
  3. ジョバンニ・カセッリ監修「マヤ・アステカ・インカ文明」1997、Newtonムック:教育社
  4. 舟山良三著「続・身近な数学の歴史」1996、東洋書店

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