KenYaoの生命研究室
1997/09/07作製
2005/01/04更新

人類の進化


類人猿から人類へ

●プロコンスル
1948年ケニア在住の米国古生物学者ルイス・リーキー&メリー・リーキー夫妻はアフリカ東部ビクトリア湖に浮かぶ小島、ルシンガ島で1800万年前の類人猿の頭蓋骨を発見した。この類人猿はチンパンジーと人類の共通の祖先で、プロコンスルと名ずけられた。(参考1/5巻/1章)



分類年代概要発見年/発見場所
類人猿2000万年前プロコンスル発見1948年/ビクトリア湖ルシンガ島
1300万年前ピエロラピテクス・カタロニクス発見2004年/スペイン・バルセロナ
猿人 500万年前類猿人からの分化ミトコンドリアDNAの分析予測
440万年前ラミダス猿人発見1992年/エチオピア
320万年前アファール猿人発見1974年/エチオピア/愛称ルーシー「2足歩行」
250万年前ガルヒ猿人発見1999年/エチオピア
200万年前ホモ・ハビリス大脳の発達:600cc「手先が器用」
原人130万年前ホモ・エレクトス(原人)大脳の発達:850cc「言語の発達・火の使用」
100万年前ジャワ原人発見1888年/ジャワ島/石器と火の使用
50万年前北京原人発見1929年/中国・周口店/石器と火の使用
40〜25万年前ホモ・サピエンスの出現古代ホモ・サピエンス
旧人15〜4万年前ネアンデルタール人発見1856年/ドイツ・ネアンデル谷/中期旧石器時代
新人 4万年前クロマニヨン発見1868年/フランス/後期旧石器時代


●類猿人からの分化

猿が人類へと進化したのはアフリカ大陸で起きた造山活動(1000万年〜700万年前)で、草原地域に取り残された猿が進化したと考えられている。
人がチンパンジーやゴリラから枝分かれしたのはいつか。プロコンスルからラミダス猿人までの1000年余の「空白の時代」は未だ埋められていないと言う。
最近の分子生物学という手法が新しい発見をもたらした。動物細胞内のミトコンドリアの遺伝子を調べることで、枝分かれしたの時期を推定することができる。ミトコンドリア遺伝子は、母から子供に受け継がれ、種の進化に伴って一定の速さで変化する。計算によると、人がチンパンジーと分かれたのは、およそ500万年前となった。(参考1/5巻/1章)


●アファール猿人(アファレンシス)
両足で歩行しはしめた最初の猿人は、おそらく1974年エチオピアで発見されたアファール猿人(320万年前)だと考えられている。発見者は、米クリーブランド自然史博物館のドナルド・ジョハンソンで、その若い雌である猿人を当時ヒットしたビートルズの歌から「ルーシー」と名ずけた。(参考3/第25章)
分類名はアウストラロピテクス・アファレンシス。



●猿人から原人へ
300万年前のアファール猿人は東アフリカからアフリカ全土に広がった。気候の乾燥化に進み、猿人は2つの種(アフリカヌス猿人/エチオピクス猿人)に分化する。
南アフリカで見つかったアフリカヌス猿人(280万年前)は歯や顎がやや丈夫になり、やがて「石器を使う」人類の祖先であるヒト属(原人)、ホモ・ハビリスにつながる。
一方、エチオピクス猿人(270万年前)は歯や顎が非常に発達し、ロブスト型猿人につながっていく。その子孫のポイセイ猿人では大臼歯がアファール猿人の1.5倍でエナメル質が厚くなった。堅い種子や乾いた果実など、歯の摩耗に強い身体の獲得で環境に適応したと考えられる。しかし、こうした特殊化は実らす100万年前に絶滅する。(参考1/第5巻/P51)

猿人より原人(ホモ・ハビリス)の歯や顎が小さくなっているのは、火の使用により野菜をやわらかくする調理法の発見にあったのではないかとする説がある。(1999年、米ミネソタ大のグレゴリー・レイデン博士)




人間の時代

●原人の移動
110万年前アフリカを出発した人類(ホモ・エレクトス)は、地球各地に広く生活の場を求めて広がっていった。80万年前ころ温帯の暖かな地域、60万年前に温帯の寒い地域に進入。40〜25万年前ころ、脳容量の大きくなった人類(ホモ・サピエンス)に進化した。

東南アジアはジャワ原人(100万年前)の存在で推測できるように、人類の故郷アフリカと似た環境で比較的住み易い地域だったといえる。人類進化にとっても重要な揺籃の地であった。


●ネアンデルタール人
1856年、ジュセルドルフ市(ドイツ)に近いネアンデル谷の洞穴の1つから人の化石が発見された。これを研究したシャーフハウゼン氏は、非常に古い人の化石であると考えたが、この発見は専門家たちの支持をえられなかった。
それから40年がすぎ、ヨーロッパ各地で同じような人の化石が発見されるようになって、シュワルベ氏が再度詳しい研究を行った。その結果、これらは非常に古い人の化石であることが明らかになった。
ネアンデルタール人の化石はヨーロッパばかりではなく、アフリカや西アジアでも発見されている。ネアンデルタール人は前腕や下腿が上腕や大腿に比べて短く、寒冷気候に対応しやすい身体的特徴を持つ。活動していたのは、およそ15万〜4万年前までの期間で、その後地球の寒冷化する環境に適応できずに絶滅したという。


●ミトコンドリア・イブ(現人類のアフリカ起源説)
現代人は全て、20万年前アフリカにいた一人の女性の子孫とする「イブ仮説」という学説がある。1987年米カルフォルニア大のアラン・ウイルソンと同僚レベッカ・キャン、マーク・ストーンキングは

「人の細胞内の小器官ミトコンドリアの遺伝配列の違いを世界の様々な人種と比較して計算した結果、現代人は約20万年前アフリカのたった1人の女性から生まれた」とする学説を発表した。 (旧約聖書の話から「イブ仮説」と呼ばれている。)

イブ仮説によれば、およそ20万年前アフリカにの「ある1群の集団の女性」から、人類は地球各地に広がり、現代人(アフリカ人、ヨーロッパ人、アジア人)へと進化しことになる。アフリカを出た人類がヨーロッパ人とアジア人とに分離したのは、10万年〜数万年前のことだという。したがって、20万年前以前にアフリカをでた人類は、一旦絶滅したことになる。

ネアンデルタール人については、15万年〜4万年前ころまでヨーロッパから中近東地域で生活していたと推測されるが、現代人の直接の祖先では無い。新人との大きな違いは、喉ぼとけの位置の違いから言語の発達がなかったとの説が有力である。


●新人の移動と繁栄(後期旧石器文化)
アフリカをでた新人(ホモ・サピエンス)は、東南アジアには6万〜5万年前、4万年前にヨーロッパに広がる。4万年前出現したクロマニヨン人は現代人(ヨーロッパ人)の直接の祖先だという。クロマニヨン人たちは、用途別に薄く鋭い刃をもつ石器を生み出すようになり、言語を発達させ、行動範囲も飛躍的に広がった。
4〜3万年前のヨーロッパは氷河期の寒気気候におおわれていた。地球各地に根づいた人類はそれぞれの環境に適応していく。現代人がシベリアに入るのは3万年前ころで、火の使用や防寒服や住居の考案が必要であった。

また氷河期で水位の下がり陸続きのベーリング海を渡り、1万2000年前にはアメリカ大陸に着く。そして約1000年で南アメリカ南端に到達した。(参考4/5章)



農耕革命

●農耕の誕生
11万5000年前から始まった最終の氷河時代は23回の気温の上昇下降を繰り返してきた。この氷河時代が終息に向かうのが1万3000年前頃からである。ところが、1万1000年前頃突然「寒の戻り=ヤンガー・ドゥリアスの寒冷期」が起こり、主要な食糧だった大型哺乳動物が激減したのである。増大した人口と環境悪化の中、人類は森にある穀物の栽培に向かうことになった。(参考1/5巻/p76)


●農耕革命
ユーフラテス川沿岸のテル・アブ・フレイラで1万2000年前の定住村落遺跡の発掘から、150種を超える植物の種子が発見された。この中から、野生の小麦も見つかった。時代が少し進むと、花粉分析から大量の小麦の花粉が出現する。調査したムーア博士(エール大学)は、低温期による食糧不足を乗り切るために小麦の栽培が始まった、と言う。

9500年前ころ西アジア各地に広がった農耕は、すでに小麦とマメ類を組み合わせ、連作障害を防いでいた。マメ類はやせた土地でも生育でき、また根粒菌と共生して土壌に窒素を固定し土を肥やす働きがある。
さらに家畜を飼育していた。家畜は食糧として、さらに肥料の生産もする。「小麦とマメと家畜」の組合せは、農耕を安定して継続する、革命的なシステムとして確立していた。(参考1/5巻/p80)


●古代文明の発生
農耕が発達し、穀物貯蔵による貧富の差が階級や権力を生む原因となる。灌漑の必要から用水路造り、水の管理などの必要性が生まれる。言語が発達し、さらに文字ができる。
村落の規模が大きくなっていくと、気候や環境の変化にうまく対応できる指導者が現れ、集落はさらに大きくなる。こうして人々は競って巨大な集落や防衛的な集落を築くようになった。

文明の発祥には、穀物栽培を中心とした農耕革命が結びついている。
  • メソポタミア・エジプト・インダス-----小麦、大麦
  • 東アジア-----イネ、アワ、キビ
  • メソアメリカ-----トウモロコシ
いくつかの地域で、大集落をまとめる指導者の下、都市が形成されていく。
約5000年前、世界各地に文明が発生する。




人類の過去と未来

●生物として
人間を生物学的にはヒトと呼ぶ。ヒトが他の生物と大きく違うところは、言葉を持ち、それによって個体間で高度な情報交換ができることであるという。生物は、自分自身の生命維持と子孫を残すための行動を、本能という形で子孫へ伝えていく。本能は遺伝情報としてDNAの中に書き込まれ、生物は親から教わらなくても本能に従って行動する。
ヒトが言葉で受け継いでいく情報は、他の生物の本能に匹敵するほどの量だ。その多くの情報の蓄積の上にヒトは文化を育て、社会を創ってきた。飢餓を経験し、食物を栽培したり家畜の飼育で食物の貯蔵術を身につけ、過去を未来に生かすことができる生物に進化を遂げたのである。


●老化とその意味
有性生殖の結果、進化の速度が速まり生物はヒトを生んだ。生殖細胞は父方と母方のDNAを半分ずつもらって次の世代へとDNAが受け渡されていく。しかしDNA伝達の役目を終えた後、そこには老化と死が待ち受けている。
生殖と子育ての後、ヒトはDNA伝達の呪縛から解き放たれ老化と引き換えに自由になる。現代は長寿社会の始まりである。この自由な時間をどのように生きるかは、これまでの生物が経験したことのない、DNAが新たに獲得すべき分野なのかもしれない。


●均一化の不安
情報が地球上を一瞬に駆けめぐるヒトの現代社会。地域による生活レベルの差・考え方の差があった時代が終わり、ヒトは一つの種として急激に均一化していく。将来、地球環境が大きく変化する時が着たとき、はたしてヒトはその変化に生き残れる多様性が残されているか一抹の不安を感じる。


●新たな誕生
ヒトはその歴史の中で大きな過ちを何度も犯している。一歩まちがえば、人類滅亡の可能性を持つほど、地球上の巨大な生物群に進化してしまった。そのとき多くの他の生物も巻き添えになるが、しぶとく生き残る生物もいる。人類が地球上の生物として、地球環境の変化に対応しながら永遠に進化していけるとは、私にはとても思えない。それは「生命の星」地球の歴史でもある。





▼参考文献
  1. NHK取材班著「生命40億年はるかな旅」1994、日本放送出版協会
  2. 室伏きみ子著「生命科学の知識」1997、オーム社
  3. クルスチャン・ド・デュープ著(植田充美/小幡すぎ子訳)「生命の塵」1995、翔泳社
  4. 高山博編集(馬場悠男監修)「(Imidas特別編集)人類の起源」1997、集英社
  5. NHK人体プロジェクト著「驚異の小宇宙・人体V 遺伝子DNA」1999、日本放送出版協会


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