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ティターニアの放つ使い魔が、アグリアス城に向かってすさまじい速さで飛んで行きます。そのころアグリアス城では、カヘルディンが父のレザルド公爵と、公爵の部屋の窓際でチェスを楽しんでいました。カヘルディンは妹、イゾルデのことが気掛かりでした。イゾルデはあれからと言うもの、トリスタンとの別れ際に見せた激しい熱情の様からは落ち着きを取り戻し、みなの前では平静にふるまっています。表面上は明るく見えますが、カヘルディンから見れば、まだ無理をしていると、感じられるのでした。そうして物思いにふけっているカヘルディンに、レザルド公爵の声が響きます。「こ、これは何としたことだ!?」カヘルディンは正気に戻り、レザルド公爵の驚きの視線の先をパッと見ます。すると一羽の灰色の小鳥(=使い魔)が、言葉を話しているではありませんか。それはティターニアの声でした。ティターニアは、この術のこと、そして術者である自分自身のこと、トリスタンの今おかれている状況を、順序良く全て話しました。賢明なレザルド公爵とカヘルディンのことです、使い魔に驚きはしましたが、全てを受け止め、さっそくブルターニュ1の医者を、港町カルニエールへ送り届ける準備を整えます。

城内が慌しくなったのを察したイゾルデは、兄のカヘルディンに尋ねます。「お兄様、一体何があったのですか・・?」カヘルディンは優しく答えました。「落ち着いて聞くんだよ。実は今トリスタンが、天に召されるか否かと言う瀬戸際に立たされているんだ。そして、今から私が国一番の駿馬の馬車で、国一番の医者をトリスタンのいる街までお送りするのだ。」「!!??そんな!!わ・・・わたしも参ります!!」「・・・ふむ、そう言うだろうと思ったよ。・・・分った、一緒にトリスタンの元へ行こう・・・。ただし・・・」「・・・はい・・・。わたしは、もうあの方にお会いしても、取り乱さない自信が・・・・あります・・。」カヘルディンはイゾルデの肩に軽く手を置いて、優しく言うのでした。「そうか・・・。イゾルデ、もう大丈夫だね。私はその眼差しを信じそして、誇らしく思うよ。・・・・・では準備を急ぎなさい。事は性急に為されねばならない。」そう言い残しカヘルディンは早足で去っていきました。しかし・・イゾルデの深い心の中では実はまだ、葛藤が続いていたのです・・・・。そうした深い心の中は・・・カヘルディンと言えども、ここで見抜くことはできませんでした。イゾルデ自身も、苦しんでいるのです・・・。

苦しむイゾルデ

 そうしたなかで、カヘルディンとイゾルデ、医者を乗せた馬車はアグリアス城を出発したのです。
カルニエールへ向かう間ずっと、イゾルデは何一つ口を利きませんでした・・。

一方、スレイプニルを駆り、カルニエールへ向かうレプラホーン。「トリスタン・・・トリスタン!貴公には必ず生きていただく!!私は貴公に永遠の忠誠を誓いたい!!貴公のことを誰よりも御想いのあの方にも・・・。トリスタン!貴公が神の下へ赴くのは、まだまだ早過ぎる!!」レプラホーンは自分にもたれているトリスタンに、可能な限り、猛烈な速さで進む事による振動や衝撃を与えないように、スレイプニルを駆ります。スレイプニルもそれに充分応えていました。トリスタンは眠り込むかのようにしています。しかし意識はあり、レプラホーンの言葉も、全て届いていました。そしてとうとう、港町カルニエールに到着したのです。さっそくレプラホーンは修道院を訪ねました。そして、トリスタンをベッドの上に、安静に休ませることができました。ヴィヴィアンの時の進みを遅らせる魔法の効き目は目を見張るものがあり、修道院の僧侶が簡単に病状を見たとき、毒のまわりが遅すぎることに大変驚いていました。そのヴィヴィアンはと言えば、魔法で自身の身体の大きさをかなり小さくして、トリスタンのマントにくるまれて一緒にカルニエールに着いていました。すでに身体の大きさも元に戻し、今はレプラホーンと共にトリスタンの傍に付き添っています。そしてそのころ役目(使い魔の使役)を終えたティターニアは、別の馬(レプラホーンが乗っていた馬)で、皆と合流するためカルニエールに向かっていました。

時間が刻一刻と過ぎていくなか、ティターニアも一行に合流しました。トリスタンの容態は今のところはかなり落ち着いています。だからと言って安心して胸をなでおろすことはできません。そしてついに、修道院に、『宮廷からの馬車が到着した』という報せが届いたのです。レプラホーンとティターニアは急いで馬車を出迎えに行きました。急を要することなので挨拶もそこそこに、カヘルディンとイゾルデ、そして医者が修道院に案内されました。さっそく医者がトリスタンを診ます。皆は一様にトリスタンの回復を祈りました。

しかし、医者の言葉は残酷なものでした。特に、ティターニアにとって。「結論から申し上げます。わたくしには、為す術が御座いません・・・。毒の進行自体は進みが遅く・・・それは結構なのですが、わたくしにはこの毒の解毒をすることができないのです。わたくしの知識が及ばないのか・・・今だかつて診たことの無い毒のようです・・・。万能の解毒剤などと言う物は無く、そのような物は奇跡でも起こらない限り調合することは叶いません・・・。特殊な毒には特殊な解毒剤、治癒方が必要なのです・・・。」ティターニアはこれを聞いてその場に倒れこみ、重い口を開き始めました。「あ・・・ああ・・・わたくしは・・・わたくしは・・・負の感情にとらわれて・・・自分が一体どんな毒を調合していたのかすら憶えておりません・・・あの毒も、わたくしの家に伝わる古文書より探り出したものですわ・・・。本来ならば毒を調合した当の本人であるわたくしが、その毒の治癒方を習得しているのが自然だったのでしょうね・・・・でも・・・わたくしは『復讐』以外には何も見えていなかったのですわ・・・解毒のことなど一切頭の中に無かったのです・・・・わたくしは何と愚かで、忌むべき存在なのでしょう!!??あああああ!!!」闇に沈み込んでいた自分自身を果てしなく呪うティターニアの慟哭が、部屋を包みます。レプラホーンは何も言わず唇を噛み締めて、ティターニアを覆うように上から抱きしめます。カヘルディンとイゾルデも、あまりのショックに言葉を失っています。ヴィヴィアンは一人、目を閉じてうつむいています。

そんななか、全てを聞いていたトリスタンが静かに話し始めました。「ティターニア様・・・・そのように御自分を蔑むことは御止めください・・・。貴女はもう闇に取り込まれてはいない・・・。先程からの貴女の涙は、美しいもので御座います・・・。私には分ります・・・この毒の感じは・・・以前に負傷した時と同じ物だと言うことが・・・・。その時私は・・・アイルランドのイゾルデ妃様に治していただきました・・・その・・・医術は・・・娘のイゾルデ姫様・・・我が麗しのイゾルデ姫に引き継がれています・・・。私は勘付いておりました・・・今受けている毒が、あの方にしか治せないかもしれないと言うことを・・・。しかし・・・もしかしたらあの方なしで回復できるかもしれないと思い・・・まことに勝手ながら・・・皆の好意に甘えてしまったのです・・・。申し訳御座いません・・・。私はあの方にこのような姿を2度と見せたくなかった・・・私があの方を迎えに行かなければならなかった・・・皆(トリスタンとイゾルデをとりまく全ての人)に認めていただくためにも・・・。!!くっ・・・・!!

ここで、トリスタンの容態が悪化し始めました。ヴィヴィアンの不安がここで的中したのです。たとえ時間を遅らせていると言っても、いつかは毒のまわりは身体中に達してしまうのです・・・。しかしトリスタンは、話し続けます。「・・・私の頼みを・・・聞いてもらえるかい・・・カヘルディン・・・。貴公にしか頼めない・・・。レプラホーン・・貴公はティターニア姫の御傍におられるのが宜しいかと存じます・・・。ハァ、ハァ・・もう、甘えたことを言っている猶予は無い・・・私はあの方を残して逝くわけにはいかない・・・イゾルデの笑顔を守りたい・・・。カヘルディン・・・この指輪を持って、アイルランドに渡り・・・イゾルデに来ていただくよう頼んで欲しい・・・。この港町カルニエールからは、アイルランドへ向かう船が出ている・・・。この指輪を見せれば、イゾルデは間違いなくこれが私のものだと分る筈だ・・・そして・・・首尾よくイゾルデを伴って此処に帰ってきたら白い帆を・・・さもなければ黒い帆を船に上げて欲しいんだ・・・。

ここでティターニアが言います。「わたくしの使い魔の術を使えば、こちらからアイルランドへ向かう時間を短縮できますのに!?」しかしトリスタンは優しく答えます。「いいえ・・・ティターニア様、使い魔の術は邪悪な術・・・これ以上お使いになられるべきでは御座いません。貴女に必要なものは、闇の術などではなく温かい、そして素晴らしい愛、光で御座います。御止めください。私は大丈夫です・・・イゾルデの顔をもう一度見るため・・・回復してイゾルデをしっかりと腕に抱くため・・・持ち堪えて御覧にいれましょう。」「あな・・・貴方はどこまで優しい御方なのですか!!!ああああ!!」ティターニアはトリスタンの手を強く握り、トリスタンの横たわる身体に顔を突っ伏して泣き崩れます。レプラホーンは涙を流しながら、トリスタンの元に膝まづき、「私は、生涯をかけて貴方に御仕え致します・・・。私は貴方についていきたいのです・・・・。」と言いました。カヘルディンは、「我が命に換えても貴公の頼み、やり遂げてみせる!!」と、トリスタンから指輪を受け取り、トリスタンに敬礼したあと、矢のように部屋を飛び出し、船着場へと向かって行きました。

しかし・・・・ここでイゾルデの心の中に、再び、乗り越えたはずの怒りと嫉妬が湧き上がり始めます・・・。
イゾルデ
の心の中は、葛藤が続くなか、今まっぷたつに分かれようとしていました・・・・。
トリスタンとイゾルデの幸せを願うと、嫉妬に燃える負の感情を抱いたに・・・。

イゾルデの心の中の光と闇