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そして、船にはイゾルデに同行する侍女たち、トリスタンのお伴たち、コーンウォールの貴族の男性たちが全て乗り込みました。後はトリスタンとイゾルデ、ブランゲィンが乗り込めば出発です。アングイシュ王とイゾルデ妃、つまり両親と別れを惜しむイゾルデ。「我が愛しき娘よ。離れていても心はいつでも共にある。」アングイシュ王は言います。イゾルデ妃は少し涙を浮かべながら、「幸せになるのですよ。」と優しくイゾルデを抱きしめました。「私は御父様御母様の間に生を受け・・・ほんとうに幸せです。」周りにいた貴族たちも男性、女性を問わず涙を流して、イゾルデを見送ります。イゾルデはトリスタンの方に振り向いて言いました。「さあ、参りましょう。」トリスタンはイゾルデの手を取り、船の中へと連れて行きました。そしてはめていた白い手袋を片方はアイルランドの方角、もう片方はコーンウォールの方へと海へ投げ捨て、叫びました。「両国に永遠の繁栄あれ!」それと同時に皆が歓声を上げ、その中で船は出発しました。

船の旅は順調でした。嵐に遭うことも無く、海も穏やかです。快適な船旅です。そんなある日のこと・・・。

トリスタンは見事なハープの演奏、歌声がどこからか聞こえてくるのに気付き、「一体誰が、どこで・・・このような演奏を・・・。この曲は私が作ったものだが・・まさか・・」と、耳を頼りに歩き始めました。たどり着いたのは、イゾルデの船室。トリスタンは「やはり・・。」と少しうつむいて、心の中でつぶやきました。「もうあの方のことで迷うのは一切しないと決めたのだ・・・あの方は王妃になる。私は家臣となるのだから・・・。」トリスタンにはもう耐える道へ向かう鉄の如き決心がついていました。ドアをノックし、中に入りました。中ではイゾルデが歌い、ブランゲィンがハープを演奏していました。それを侍女たちがうっとりとして聴いています。トリスタンも演奏が終わるまで、静かにイスに座り、目を閉じて聴いていました。

    

演奏が終わりイゾルデはトリスタンに気付き、「まあ、トリスタン・・。お恥ずかしいところを見られてしまいましたね・・。」と顔を少し赤くして微笑みます。「非常に美しい歌声でした・・私が貴女に教えることはもはやありません。・・・そちらの、ブランゲィン様も。見事な腕前ですね。いつからハープを・・?」トリスタンは言います。「はい、私はイゾルデ様にハープを教わったのです・・・お耳汚しになられませんでしたか・・?」「ほう!そうでしたか・・・いやそれにしても・・・お見事でした。それにもう貴女も先生になられたのですね。素晴らしいことです・・」トリスタンは少しイゾルデをからかうように言いました。そこから部屋の中は楽しい雰囲気に包まれました。いろいろなことを話すうち、トリスタンは喉が渇いたので、「申し訳ないが、ワインを持ってきてもらえないかな?少し喉が渇いたものでね・・。」と、侍女に言いました。この部屋にいた侍女はブランゲィン以外は年歯の行かぬ、若い幼い侍女ばかりでした。そのうちの一人、メルローズが「わたしが参ります!」と、部屋を出て行きました。ブランゲィンが「ああ・・私が参るべきでしたのに・・・・。」と立ち上がりましたが、イゾルデとトリスタンの二人が、気にしないように言いました。「は、はい・・・。」ブランゲィンは心配そうな表情を浮かべながらも、またイスに座りました。

メルローズはワイン貯蔵庫に行きました。しかし鍵がかかっています。周りには誰の姿も見えません。喉の渇いたトリスタンが待っています。そう思うとメルローズは気が焦ってきました。困ったメルローズは侍女たちが過ごす部屋に行きました。しかしそこにも誰もおらず、途方にくれていたとき、ブランゲィンの持ち物箱の中に、赤い液体の入っているビンが目に入りました。「あっ・・・あれは・・・。」メルローズは駆け寄ります。ブランゲィンの箱には鍵がかかっていませんでした。そこで、箱を開けビンの蓋を取り、香りをみてみました。ワインの香りです。焦りとその幼さのため、メルローズは、「勝手に持ち物を触ってしまい、ブランゲィン様には申し訳ないけれど・・・あとから謝ればいいわ。あ、もうひとつビンがある・・・。青い液体・・?何なのかしら・・はっ、今はこうしている暇は無いのだったわ!」と、赤い液の入ったビンを持っていくことにしてしまったのです!

メルローズ

メルローズは自分の持っているものがワインだと信じて疑わず、それがまさか魔法の薬だなどとは思いもしません。それを二つのグラスに注ぎ、部屋に戻りトリスタンとイゾルデに差し出しました。「ああ・・礼を言うよ。ふむ、見事な香りのワインだ・・・。」トリスタンはそのワイン・・・・・赤い薬を・・・飲んでしまいました。イゾルデもそれを見て、グラスに入っている・・・・赤い薬を、飲んだのです・・・。二人が全てを飲み干してしまったとき、ブランゲィンはメルローズが持ってきたワインが妙に赤かったこと、そして自分の箱に鍵をかけ忘れたのではということに気付き、恐ろしいくらいの不安を覚えました。二人の様子にはまだ変化は見られません。しかしいてもたってもいられず、次の瞬間には部屋を飛び出し、自分の箱のところへ向かったのです。そして・・・空いている箱、そして二つあるビンのうち赤い薬のビンが空になっているのを目にして、言葉も無くその場に崩れ落ちるように膝をつき、しばらく茫然となってしまいました・・・・。大きなショックに慄然として、顔面蒼白、力が抜けたようになりました。重い心を引きずりながら、青い薬を手に取り、そこで何を思ったのかそれを海へ放り投げてしまいました。「ああああ・・・・この世に生を受けなければ良かった・・私はお約束を守れなかった・・使命を果たせなかった・・・このようなことにしてしまった私を・・・御妃様、どうか御憐れみください・・。この運命の旅路に御供しなさいと言われたときに、死が私を襲ってくれればよかった・・・ああ・・・トリスタン様、イゾルデ様・・・あの飲み物は彼方がた御二人の・・・・・」

ブランゲィンの心の中