平成19年          200名山 No.75 烏帽子岳(2628m)
                300名山 No.18 野口五郎岳(2924m)
                 200名山 No.76 赤牛岳
2864m)   
   【1日目】 7月28日(土) 晴れのち曇り一時雨
   高瀬ダム(5:50)→ブナ立尾根登山口(6:15)→12分の8(7:10〜15)→12分の5
   (8:15〜20)→三角点(8:40)→12分の2(9:20〜25)→烏帽子小屋
   (9:50〜10:05)→烏帽子岳(10:50〜11:00)→烏帽子小屋(11:40〜12:00)
   →野口五郎小屋(13:15) 
 

烏帽子岳
前日扇沢でタクシーを予約して置いたら、駐車場の車の前まで来てくれた。ナンバープレート言っておいたからだろう。七倉の駐車場にはタクシーを待つ登山客が列を作っていた。そこからはタクシーしか入れないのだ。
 2つの吊り橋を渡ればいよいよブナ立尾根登山口に着く。標高差1350mを一気に登り、北アルプスの三大急登と言われている。とがった山が現れれば烏帽子岳かと思うが、奥に隠れていて途中からは臨めない。九十九折りの急登をひたすら登っていくが、小屋まで12に分割してある標識があって自分の位置を確認できるのが良い。やがて高山植物が次々と現れて登山者を励ましてくれる。
 小屋までは思っていたよりずっと早く着いた。荷物を置いてピストンする。ニセ烏帽子に注意だが、やっぱり騙されてしまった。「もう歩きたくない、あの山であって欲しい」という心理状態にいるために騙されやすいのだろう。ニセ烏帽子岳からようやく槍にも似た天を突くように伸びている烏帽子岳の姿を目にすることができた。コマクサやシャクナゲの花を愛でながら頂上直下まで来ると、最後の岩登りが待っている。
 頂上は槍ヶ岳のように平ではなく、岩が重なり合って居場所が少ない。周りの景色も折からの小雨で後立山連峰がだんだん霞んできている。
 烏帽子小屋で昼食を食べた後、野口五郎岳への縦走を開始。ところがキャンプ場から先が分からず又引き返すがやっぱり案内がない。人に聞いてようやくキャンプ場を通り抜けるということが分かったが、15分ほどの時間のロスだった。
 途中の道ばたには「コマクサ街道」と名づけたくなるほどたくさんのコマクサが咲いていた。岩木山や蓮華岳に匹敵するのではないかと思った。途中のお花畑にはハクサンイチゲとミヤマキンポウゲの群落があり、これにも大感激であった。
 野口五郎小屋までも、自分の計算していた時間よりかなり早く着いてしまった。丘のように見える募口五郎岳が小屋を見下ろしていた。今日は余り混んでいず、布団を一人に一枚もらえたのはラッキーだった。
  【2日目】 7月29日(日) 晴れのち曇り
  野口五郎小屋(4:55)→野口五郎岳(5:15〜25)→東沢乗越(7:10)→水晶小屋
  (8:00〜15)→水晶岳(8:55〜9:00)→温泉沢の頭(10:00)→赤牛岳(12:00〜15)
  →8分の5(13:30)→8分の3(14:30)→8分の1(15:35)→奥黒部ヒュッテ(16:15)
 天気予報は雨なのに、太陽が真っ赤に輝きだした。さっそく野口五郎岳に登る。流れるガスの向こうに、鷲羽岳から槍ヶ岳まで連なる裏銀座コースが姿を見せている。西に目を転じれば、水晶だけの双耳峰から赤牛岳までの尾根がラクダの背中のように続いている。
 水晶小屋までの道はアップダウンが多く、しかも崩壊している箇所もあるので慎重に歩く。槍ヶ岳が目の前に見えるお花畑で朝食とする

野口五郎岳
。何と贅沢な朝食であろうか。水晶小屋と水晶岳がどんどん近づいてくる。以前に水晶小屋に来た時に下を覗きながら、「なんて凄いところから登ってくるのだろう」と感心していたが、今度は自分自身が赤くザレた最後の急登を歩いているのだ。一歩ずつ進めば、どんなに急坂であっても克服できると経験からわかっている。
 小屋の横から水晶岳の大きな頂上部が見える。水晶岳からどんどん人が戻ってきており、僕が着いたときは誰もいなかった。数年前頂上から大パノラマを見たが、今日は余り遠くまでは見えない。薬師岳とその下に広がる雲の平が折からの太陽に輝いている。
 水晶を過ぎると急に人がいなくなった。赤牛岳まで足を伸ばす人がいないということだろう。赤牛岳はピストンするには時間がかかりすぎ、縦走するには魔の読売新道を通らなければならない。高天原から登ってきたとういう単独行の人にあった。下を見ると、はるかかなたに赤い屋根の山小屋が見えた。ほとんど一本調子の急登だ。
 今回は3泊4日コースを2泊3日でまわったために、行程的に少し厳しかった。ただひたすら赤牛岳に着くことだけを願い、周りをじっくり鑑賞する余裕がなかったように思う。心に余裕がないと花を愛でる気もなくなる。これは悪い徴候だ。おまけにやっと着いた北アルプスの最深部の赤牛岳だが、急に湧きだしたガスのために視界なし。白の世界だ。たった一人いた若者は5時間半かけて奥黒部ヒュッテから歩いてきたそうだ。

赤牛岳

 いよいよ読売新道を歩く。読売新聞北陸支社が昭和36年から5年がかりで拓いたという。尾根を歩いていたときは気持ちの良い道だと思っていたが、樹林帯に入るととたんにひどくなる。道は前日の雨でぐちゃぐちゃになっている所が多く、木の根が張っていて滑りやすい。行き止まりかと思っていると木の根を登っていかなければならなかったり、これでいいのか不安に感じる所があったりする。救いは8等分した道標があることだ。自分が今どのあたりにいるのわかるとずいぶん安心できる。
 4時過ぎ奥黒部ヒュッテに到着する。11時間の歩きはさすがに疲れる。今日の泊まり客は4人。2人に一部屋という贅沢さ。夕食の量もたっぷりあり、どれもおいしくいただくことができた
 【3日目】 7月30日(月) 曇り時々晴れ
  奥黒部ヒュッテ(7:15)→平ノ渡し(9:15)→平ノ小屋(10:35)→ロッジくろよん
  (14:00)→黒部ダム(14:30)
 今日は黒部湖の右岸と左岸を6時間かけて黒部ダムまで歩く。朝から降っていた雨も歩き出す頃にはすっかりあがった。10時20分の渡し船の時間に合わせてゆっくり出かけたが、キャンプ場の人たちは6時20分に乗ったらしく、すでに誰もいなかった。のんびりした川岸の道はすぐに梯子がかかった急登になった。登ったり下ったりの繰り返しが多く意外に体力を消耗する。
 それでも船が着く1時間前には平ノ渡しに着いてしまう。船を待っている間に遊覧船がやってきて目の前で旋回した。この船に乗れてダムまで連れて行ってもらえたらどんなに良いだろうとみんなで手を振ったが、もちろん寄ってくれるはずはない。

黒部ダム
 船は定刻に姿を見せたが、えらくノロノロしている。おまけに船を止めて何やらやっている。乗って分かったことだが、釣り糸をたれながら船を操縦していたのだ。そして見事大きな獲物が一匹釣れていて、今晩のさしみにするそうだ。この船は平ノ小屋が運営していてしかも乗車賃は無料なので、われわれは何の文句も言えない。
 左岸に渡ると幾分道はよくなったが、時々梯子かかかっているのは同じだ。湖に流れ込む沢があると渡れるところまで遡っていくので、直線ではずいぶん近いのに時間はかなりかかってしまう。ロッジくろよんが目の前に見えたのに、1時間以上かかってしまったのはそういうわけだ。
 ロッジくろよんからは舗装されており、耕耘機のような軽車両が客の荷物を運んでいた。ダムに着くと団体の観光客であふれていた。ここは観光バスの人気のスポットになっているのだ。トロリーバスの時刻をみると後5分しかない。トンネルの中を走って何とか間に合った。バスの中で今回のコースをゆっくり反芻し、「やった」という思いで胸が一杯になった。