200名山 No.80  中ノ岳(2085)

                      
平成19年9月15日(土)      
   十字峡登山口(6:10)→2合目(7:10〜15)→日向山・5合目(8:35〜45)→
   7合目(9:25〜30)→池の段・9合目(10:30)→中ノ岳(10:50〜11:10)
   →池の段・9合目(11:20)→7合目(11:55〜12:00)→日向山・5合目
   (12:35〜40)→2合目(13:50〜55)→十字峡登山口(15:00)
  5合目から見た中ノ岳
 中ノ岳は越後駒ヶ岳、八海山と並んで越後三山と呼ばれているが、その中で一番高い山である。ただし奥まっていて里からよく見えないので印象は薄い。今回小屋泊まりにするか日帰りにするかで少し迷ったが、次の日別の山に登るという少々無理な計画となってしまった。
 登山口は十字峡小屋の向かい側のコンクリート壁から始まっているが、車からは見つけにくくいったん通り過ぎてしまい、釣り人に聞いてようやくわかった。いきなりの急登で心臓があえいでいる。ブナの大木が現れ、左手に双耳峰のきれいな山が見えてくる。形からてっきり越後駒ヶ岳だと思っていたが、それは八海山であった。八海山といえばごつごつ並んだ岩山を思い出すが、岩が全く見えない角度から見ているのだった。これほど角度によって印象が変わる山も珍しい。
 眼下には三国川ダムが見えている。見上げれば山の上に山小屋らしきものが見えている。一瞬中ノ岳避難小屋かと思ったが、時間から言ってもそれはありえないことであった。調べてみるとそれは日向山の頂上に立つ電波施設であった。と言うことは中ノ岳はそのはるか彼方にそびえているはずである。
 日向山までは「意識をとばして」歩いた。これは北海道の斜里岳に登っていたときに若者が使っていた言い回しなのだ。考え事などをしながら登っていると、ある区間は全く覚えていず、気がついたら目的地に着いたというようなことがある。そんな時にぴったりくることがある。
 5合目の日向山に着くと、ようやく中ノ岳の堂々とした山塊が目に飛び込んでくる。頂上の建物の裏からは山間に伸びている平野が見渡せ、八海山はピラミダルな姿に変わっている。しばらくは池塘が散らばる湿地帯が続くが、いよいよ急登が始まる。特に8合目から9合目にかけてははいつくばって登るような急登の連続である。9合目の池の段にはまさに「はいあがった」感じである。

頂上から見た越後駒ヶ岳

 岩場の尾根道を20分ほど進めばいよいよ中ノ岳の頂上である。八海山、越後駒ヶ岳、荒沢岳と3つの名峰に囲まれ、天気はいいし言うことなしである。
 帰りは順調で「これも北海道遠征の成果か」と体力に自信を増したのだが、日向山を越してから足に違和感を感じ始めた。左足の膝が痛くなってきたのだ。こんな事は本当に久しぶりの事だ。2合目を過ぎてからますます痛くなり、なるべく曲げないようにしてそろりそろりと下りていった。長い行程と急登の連続で、今日は少し無理をし過ぎたのかと反省することしきり。