ニッコウキスゲと燧ケ岳　　　　　　　　　　　　　　　　　　　尾瀬沼と燧ケ岳

　朝、目を覚ますと、ポタポタとトタン屋根を打つ音が聞こえた。雨かと心配したが、それは夜露が水滴となって落ちる音だった。
　まだ完全に夜が明けきらない中を歩き始める。体も目覚めていなく、重い体で展望のない単調な樹林帯の中を黙々と歩く。　樹林帯の上方で、空腹に耐え兼ねて朝食とする。宿で作ってもらったおにぎりについていたいわしの角煮が白いごはんとマッチしてとてもおいしかった。しかし、二、三分も登れば一気に視界が開けて尾瀬ケ原の雄大な景色が飛び込んできた。
　ここで食事をとればよかったと、少々残念な気持ちでもあった。そこからひと登りで、東北の最高峰の柴安ぐらに到着した。尾瀬ケ原をはさんで、昨日登った至仏山がまるみを帯びた山容を見せている。頂上にはすでに日体大のワンゲル部員の元気な声が響いていた。茶髪でも山で会う若者がさわやかに見えるのはなぜだろうか。しばらくすると、J 短大のM先生夫婦が登ってこられた。こんな山の頂上で知った人に会えるなんて奇遇で、ひといき感激に浸っていた。
　三角点のある隣の俎ぐらでは、もっと狭い岩場に人があふれていた。眼下にようやく尾瀬沼がその全貌を現し始めた。
　帰りは長英新道を通る。ミノブチ岳を過ぎてから道はぬかるみだし、登山靴はドロンコになってしまった。　大江湿原に出るとそこはニッコウキスゲの黄色い海だった。ニッコウキスゲを従えた燧ケ岳。尾瀬沼に映る燧ケ岳。至仏山から見た燧ケ岳。どれも一枚の絵葉書のように魅力的であった。
　尾瀬沼から大清水までは長い長い下りであったが、急にバッチを付けたツアー客が増えて、ヒーヒー言いながら登ってくる。聞いて見ると、日帰りで尾瀬沼までピストンするらしい。ちょっと無謀な旅程だと思った。