イギリスひとり旅  2016年

 


6月5日(日) 

晴れ

  午後出発なのでのんびりしていた。電車で駅まで行くつもりだったが、上野の直ちゃんが車で送ってくれたので楽だった。関空からの出発が遅れたので、香港での乗り継ぎが少し心配だったが、イギリス便に余裕で乗り継ぐことができた。
6月6日(月)

 晴れ  

エディンバラ

 
  国内線との乗り継ぎ時間があまりなかったのであわててターミナル5に行ったのはいいけれど、1時間半前に到着しなかったからと言われて次の便に回されてしまった。しかも前のチケットとの差額を払わされてしまい、旅行初日から散々だった。遅々として進まない税関の検査に、次の便まで心配になってしまったが、何とか20分前にゲートに到着することができた。
 エディンバラ空港からエアーリンクという2階建てのバスで、市内の中心にあるウェイバリー駅に行き、まずインフォメーションで明日のネス湖へのツアーを申し込んだ。予約してあったB&Bは見つけられそうになかったのでタクシーで行くことにした。普通のアパートの一角だったので見つけにくく、タクシーにして正解だった。
 さっそく歩いてエディンバラ城に行く。岩山に建つ城は、市内のどこからでも見ることができ、エディンバラのランドマーク的存在だ。数百年も前から度重なる戦闘による破壊と再建が繰り返され今の姿がある。それにしても中国人が多い。したたかな中国人観光客は世界を
席巻しつつあるようだ。
 

6月7日(火) 

 曇り一時雨  
ネス湖

 朝4時頃目をさまし、眠られなくなってしまった。部屋の備付のコーヒーを淹れ、持ってきた文庫本を読む。今回は4冊持ってきている
 少し遅れてツアーのバスが迎えに来てくれた。僕が最初で、そのあと市内のあちこちで乗客を乗せていくので結構時間がかかる。やはり中国人が多く、次にアラブ系の人で、日本人は僕の他は一組の若い夫婦だけだった。
 ネス湖を選んだのは未確認動物ネッシーにロマンを感じたからであった。ネッシーのおかげで平凡な湖に世界中から観光客が押しかけている。ちなみにネス湖は、湿地の保存に関する国際条約であるラムサール条約の発祥地でもある。
 バスの運転手は早口でよくしゃべる。みんなが笑っても何がおかしいのか分からず苦笑いする。車窓から見える景色は日本とは全く違う。まず、日本のような水田がない。水平な土地はほとんどなく、木が生えている山も少ない。僕の前の中国人の三人娘は食べているか寝ているかのどちらかで、外の景色にはまるで関心がない。 フォートオーガスタスからクルーズ船に乗る。船は別料金だった。それにしても多くの観光客が押しかけており、観光船はひっきりなしに桟橋に出入りしている。水の色は黒い。このどこにでもありそうな湖に記された最初のネッシーの記録は西暦565年というから約1500年の歴史があるのだ。
 帰路恐竜のような形をした「フォース鉄橋」と並行して走った。開通当時は世界最長を誇り、100年以上経った今も現役として活躍し、世界遺産にも登録されている。
6月8日(水)

 晴れ

  ダノター城 
 「ダノター城」という城は全く知らなかったが、たまたまBS放送で知り、今回ぜひ訪れたいと思っていた所だ。早起きしてエディンバラ駅に着くと、なんと僕が乗る予定だった7時台の列車がキャンセルになっていたので、もう1時間待たなければならなかった。イギリスでは飛行機の搭乗口もそうだが、列車のホームも当日にならないと決まらない。8時台の列車のホームが決まったのは出発の15分前だった。
 昨日見たフォース鉄橋を通り、約2時間後ストーンヘブンという寂しい駅に降り立った。期待していたバスもタクシーも無く、通りがかった人に聞くと1時間ぐらい歩かなければならないようだ。町のインフォメーションで尋ねると、地図をくれて行き方を詳しく教えてくれた。
 始めは海岸に沿って歩き、街はずれで坂道を登って行くと教えられた目印の戦争記念碑が見えてくる。断崖に沿った道からは絶景が広がり、道端には様々な色の花が咲き、歩いてきてよかったと思わせてくれる。右手には牧場が広がり、行く手には早くもダノター城が姿を現し始めた。
 ダノター城は海に突き出た断崖に建つ廃墟の城だ。屋根は崩れ、壁だけになった建物が多いが、それがファンタジーのような雰囲気を醸し出している。ここでは映画「ハムレット」も撮影されたそうだ
 エディンバラに戻って、時間があったので「ホリルードハウス宮殿」を訪れる。スコットランドにおける英国王室の宮殿として現在も利用されている。日本語のヘッドフォンを渡されたのでよく理解することができた。
 帰り道にカールトン・ヒルに登る。トラファルガーの海戦での勝利を記念して建てられた「ネルソン・モニュメント」とアテネのパルテノン神殿を思わせる「ナショナル・モニュメント」は特に目を引く。丘の上からはエディンバラの前景を眺めるのにもうってつけの場所だ。

6月9日(木)

 曇り  

湖水地方
(ボウネス、ウィンダミア)

 
 今回3日間利用できるブリットレイルフレキシーパスを購入していたので、移動の際なるべく寄り道をしようと思って、北部イングランドの古都ヨークを観光することにしていた。2時間半かけてヨークの駅に降り立ったが、どんよりした曇り空で肌寒い。それに荷物を預かってくれそうな所も無かったので、急に予定を変更して、今日からの宿泊地である湖水地方のウィンダミアへ急ぐことにした。
 その列車はマンチェスターで乗り換えなければならなかったが、よく考えもせず、本当はピカデリー駅で降りなければならないのにヴィクトリア駅で降りてしまったのだ。駅員に尋ねると「あの列車に乗れ」言われ、急いで飛び乗り車掌に訳を話すと親切に行き方を教えてくれた。乗り換えの駅名と時刻を紙に書いてくれたので大いに助かった。
 ウィンダミア駅に着くと、まずインフォメーションでツアーの申し込みをした。すぐ近くのB&Bにチェックインして、主人からいろいろ説明を受ける。午後の観光としてボウネスを薦められたので、駅前からバスで出かけた。ボウネスはウィンダミアからバスで10分ほどのウィンダミア湖に面するリゾート地である。埠頭からはクルーズ船やフェリーが発着し、観光客でにぎわっている。さっそく湖内を周るクルーズ船に乗ってみた。島陰には驚くほどたくさんのヨットが係留されている。ヨットはレジャーとして定着しているように見える。この季節どこにでも見られるシャクナゲに似た紫色の花が湖岸や小さな島の周りを彩っている。波も無く穏やかな1時間の航海だった。
 ウィンダミアに戻り、駅の裏からオレスト・ヘッドに登る。オレスト・ヘッドは標高239mの小さな丘だが、頂上から360度の大パノラマを眺めることができる。ベンチが3つあり、2組の夫婦が細長いウィンダミア湖や湖水地方の自然を楽しんでいた。
 

6月10日(金)

 曇り一時雨

  湖水地方(
ケズィック、グラスミア)

  朝食は目玉焼きやハムなど、温かいものがでてとても美味しかった。駅前からバスに乗る時、間違って10£(ポンド)80の1日券を買ってしまった。それだとケズィックまで行けるので、とりあえずケズィックまで行ってみることにした。途中の景色は水田のある日本とは全く違う。緑の牧草地がうねうねと続いている。境に石を積み上げてあるのは他の国ではあまり見られない。
 ケズィックではまず鉛筆博物館に行く。150年以上前から鉛筆を作っており、世界一長い鉛筆が展示してあることで有名だ。所が、玄関にはカギがかかっており、定休日のようだった。
 次にダーウェント湖のほとりを歩き、そこからキャッスルヘッドに登ることにした。できるだけ山や丘に登りたいというのは当初からのもくろみだった。林を抜け、牧場を横切り、最後の急登を登るとごつごつした岩の頂上部に出た。それはキャッスルヘッドではなくWALLA CRAGという376mの山だった。眼下にはダーウェント湖が横たわり、素晴らしい景色が広がっていた。
 12時半のバスでグラスミアに行く。そこはロマン派の詩人ワーズワースが多くの作品を書いた所だ。ワーズワースの墓地があるオズワルド教会の横を通り、街から少し離れた所にある「ダヴ・コテージ」まで歩く。ここは彼の創作活動が最も盛んだったころに過ごした家だ。ちょうどガイドツアーが始まったので家の中を見て回る。興味深い遺品が数多く残されており、当時の生活ぶりが偲ばれた。裏庭は花のいっぱい咲いているイギリス庭園だ。
 雨も降ってきたので早めに宿に帰ることにした。今回イギリスに来てテレビでよく流されていたのはサッカーのヨーロッパ選手権であった。試合前のセレモニーの大規模なのには驚かされた。おかげで毎日が楽しみだった。次に、エリザベス女王の90歳の誕生会だ。国民の熱狂ぶりには圧倒されたが、女王の服の鮮やかさには大いに感心させられた。

6月11日(土)

 曇り時々雨

  湖水地方(
グラスミア、
ケズィック)

 
  今日は「10の湖巡り」というツアーに参加した。小型のバスが宿まで迎えに来てくれた。乗客のほとんどが中国人だった。昨日訪れたばかりのワーズワースの街グラスミアから観光が始まった。まず「水仙公園」に行く。水仙という詩は大学の教科書に出ていたのでとても親近感がある。ただ、今は水仙の花は無く、アヤメの黄色い花が水仙の雰囲気を感じさせてくれる。近くには墓地があり、妻メアリー、妹ドロシーとともに葬られている。3体の墓のうち一番左がワーズワースの墓である。敷地内に名物のジンジャーブレッドを売る店がある。ブレッド(パン)というよりクッキーのようなもので、ワーズワースもお気に入りだったようだ。
 次にケズィックの郊外の丘の上に造られた「キャッスルリッグ・ストーンサークル」を訪れる。48個の石が円を描いているが、本場のストーンヘンジよりも石は小さい。約4500年前に造られたというから驚きだ。近くでは羊の群れが草を食べている。
 ケズィックの街に戻り、ダーウェント湖で12時半発のクルーズ船に乗る。波は無く、湖面が周りの景色を映し出している。ウィンダミア湖より素朴な感じがする。数カ所の波止場で登山客を乗せたり下ろしたりした。こういう船の利用の仕方もあるのだと感心する。湖畔では大勢の人がサイクリングやトレッキングをしている。
 1時間の昼食休憩があり、街を散策する。今日は市が開かれていて大賑わいだ。食べ物から履くもの着るもの身につけるも、何でもありだ。昼食は再びフィッシュ&チップスを食べたが、今回は量が半端ではなく半分残してしまった。
 午後は写真のために数カ所停車しただけで、牧草地や峠道を延々と走り、5時ごろウィンダミアに戻ってきた。テレビでは「イングランド対ロシア」戦で乱闘騒ぎがあったと何度も報じていた。

6月12日(日)

 晴れのち時々雨 

 湖水地方(ヒル・トップ)&リヴァプール

 
  午前中、ヒル・トップを訪れた。ヒル・トップとはピーターラビットの作家ビアトリクス・ポターが過ごした家だ。ボウネスから船とバスが一体となった切符を使ったが、あまり知られていないのか、行きも帰りもボートは僕一人の貸切状態だった。
 家の中は、家具や調度品、食器など、ポターが過ごした当時のまま保存されている。部屋には絵本が置かれ、挿絵のモデルになった場所が確認できるようになっている。家の周りの花も大切に育てられ、赤や黄色や紫の花が咲き乱れていた。
 12時半ごろウィンダミアに戻り、駅でリヴァプール行の切符を買う。オクセンホルムからプレストンで乗り換えて3時間ほどでリヴァプールに着く。早速ホテル探しだが、自分の居場所と方向が分からないので、どっちに向かって歩けばいいのかわからない。雨も降りだし、情けないことこの上ない。標識を見ながら、とにかく海に向かって進んで行くと場所の感覚がつかめ、何とかホテルにたどり着くことができた。
 ホテルは裏通りにあったがアルバート・ドックに近く、ロケーションは申し分なかった。チェックインして、早速アルバート・ドックに出かける。メリーゴーランドや観覧車が回っている。明日の「マジカルミステリーツアー」のバスを予約して、「ビートルズ・ストーリー」を見学する。それは、ビートルズの結成から解散までを、展示品や映像を通して年代順に見ていくものだ。オーディオガイドは日本語にも対応しているのでありがたい。彼らが生まれたこの地で見ると、感激もひとしおであった。
 その後レストランで夕食を食べる。レストランといっても高級な所ではない。僕の外国旅行のポリシーとして「観光費は惜しまず、食事はつつましく」がある。よく利用するマクドナルドやサブウェイも日本のとは微妙に違って面白い。

6月13日(月)

 曇り時々雨
  
リヴァプール

 
  今日は珍しく6時半まで寝る。10時発の「マジカルミステリーツアー」に参加する。今日申し込んだ人は、10時発のバスは断られていたので、昨日申し込んでおいて正解だった。バスはアニメに出てきたのと同じ派手なペイントがされていて、雰囲気は盛り上がる。僕はレコードもすべてそろえ、リアルタイムにビートルズと共に育ったといってもいいで、とても身近に感じる。
 最初リンゴ・スターの家をバスの中から見た。最近売りに出されて、ネットでは話題になっている。ペニーレインはビートルズによって世界的に有名になった通りだ。僕らには何の変哲もない通りだが、ここで育ったジョン・レノンにとっては心のふるさとでもあるのだろう。ジョージ・ハリスンの生家は長屋の12番地にある。今は普通の人が住んでいるので、迷惑にならないよう気を付けなければならない。かつてジョンが時々訪れたという朱色の門を持つ孤児院は、現在は閉鎖されているが、名曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のモデルとなった場所である。ジョン・レノンが子供時代を過ごした家は2世帯住宅の、向かって左側だ。現在はナショナル・トラストが管理しているようだ。ポール・マッカートニーの家も長屋の一角だ。この家でポールとジョンは頻繁に曲作りをしていたと言われている。ビートルズをテーマにしているホテル「ハード・デイズ・ナイト」をバスから見て、ツアーは終了した。
 その後、ビートルズがデビューした伝説のパブ「キャバーン・クラブ」の前を通り、斜め向かいにある「キャバーン・パブ」に入った。運よく今日はチャージ料が無料だった。ビートルの歌を4曲ほど聞いて、近くのスタンリー通りにあるエリナー・リグビーの像を見に行く。エリナー・リグビーとは有名な曲「エリナー・リグビー」に登場する架空の少女である。架空であるからか、顔はよくわからないように造られている。

 明日のことを考えて、駅までの道を歩いてみる。案内がしっかりしているので迷うことはなさそうだ。ただ、駅から帰る時に違う道を通って帰ったら、迷ってしまう。港に向かって歩いたら偶然ホテルの通りに出た。あまり納得がいかなかったが、運がいいということかもしれない。
 

6月14日(火)

 曇り一時晴れのち時々雨
  

スノードン登山鉄道

  今日はスノードン登山鉄道に乗って、最終地のロンドンに向かう日だ。5時半ホテルを出て、リヴァプール駅へ。チェスターで乗り換えてバンガーへ。8時55分のバスで登山鉄道があるスランベリスに行く。天気も余りよくないし平日なのであまり人はいないと思っていたら、駅前の広場は人でごった返していた。全員が年配の人であった。
 スノードン登山鉄道は線路の間に歯車をからませて走るラックレール型の登山鉄道で、ヨーロッパアルプスの山ではよく見られる。ほとんど高い山がないイギリスで、登山鉄道に乗れるのをとても楽しみにしていた。10時、列車は動き出した。緑の牧場の中を喘ぎながらゆっくり登って行く。羊が草を()んでいる中を、歩いて登っている人もいる。太陽も出てきたので、これはラッキーと思っていたら頂上に近づくにつれて雨になった。
 頂上のビジターセンターに着いても、真っ白なガスの中。雨が強くて外にも出られない。休んでいる間に、売店でミートパイとコーヒーをたのむ。それにしてもこちらのコーヒーは量が多い。みんなもコーヒーを飲みながら雑談に興じている。少しガスが晴れて周りの様子が見えだしたが、帰る列車に乗る時間だった。
 11時40分のバンガーに戻るバスに乗ったが、大失敗をしてしまった。勝手にバンガーの駅が終着だと思っていたが、気がついたら乗り越してしまっていたのだ。運転手に言ったら駅に戻るバスを教えてくれたが、あわてていたのでバスに折りたたみ傘を忘れてしまった。長年愛用していた傘だったので惜しかったが、これからのスケジュールがあり、あきらめるより仕方がなかった。
 バンガーから直行便でロンドンのユーストン駅へ。地下鉄の駅で、ホテルの近くの駅を訪ねると親切に最短の行き方を教えてくれた。ホテルは割と簡単に見つけられたが、チェックインをしようと思ったら大ショック。僕の予約はキャンセルされており、それを知らせるメールを送ったはずだと言う。しかし、運よくツインの部屋にキャンセルが出て、同じ値段で泊めてもらえることになった。やれやれだ。
 

6月15日(水) 

晴れ

  ロンドン

  今日はイギリスに来て一番の上天気だ。8時45分にホテルを出る。荷物を預かってもらおうかとも思ったが、今回は小さなリュック一つだし、また戻ってくるのも面倒なので担いでいくことにした。地下鉄のウェストミンスター駅で下車。駅を出ると国会議事堂のエリザベス・タワー(愛称ビック・ベン)が目の前だった。すごい人出で自転車も多い。
 橋を渡り、テムズ河に沿って少し歩く。イギリスの象徴である国会議事堂の全景がよく見える。そこから、ヨーロッパ最大の観覧車である「ロンドン・アイ」を目指す。高さ135mで、ヨーロッパ最高を誇っている。動き出すのは10時からなので少し早すぎると思っていたが、切符売り場には列ができていた。僕の後ろは神戸から来た夫婦だったので、久しぶりに日本語を話す。
 早く来たかいがあって、すぐにカプセルに乗ることができた。25人収容できるが、それでもカプセル内は余裕があり、自由に動き回ることができる。30分かけてゆっくり一周する。ガラス張りになっているので、360度の景色を堪能できる。リバーボートが走るテムズ河や国会議事堂やバッキンガム宮殿などを上空から眺めるのも一興だ。
 次に、セント・ジェイムス・パークの横を通りバッキンガム宮殿を目指す。都会の真ん中に大木が林立しているのは珍しい。若葉が太陽に輝いている。宮殿の周りや道路は、衛兵の交代式を見に来た観光客であふれている。何日か前にエリザベス女王の誕生会のセレモニーがここで開かれた影響もあるのかもしれない。ニュー・ガーズ(新しく交替する集団)が緊張した雰囲気で待機している。その衛兵らが行進しだすと、あたりは興奮に包まれる。 
 時間が十分あったので、時間はかかるが一番安い地下鉄でヒースロー空港まで行くことにした。免税店でお土産を買い、いよいよイギリスとはお別れだ。
 

6月16日(木) 

晴れ

  飛行機が30分早く着いたし、預ける手荷物も無かったので、余裕で予定していたその日に着く最終列車に間に合った。 行機が30分早く着いたし、預ける手荷物も無かったので、余裕で予定していたその日に着く最終列車に間に合った。