まだ暗いうちに旅館を出た。案内板を見たはずだが、結果的には道を間違え、富士見平林道を歩いてしまった。もっとも、落ち葉を敷きつめた広々とした気持ちのよい道だったし、時間的にもたいしたロスではなかったが。
林道を歩いている時、左手の木々の間から朝日で紫色に煙っている山が見られた。そしてその下の霧が海のように見えた。初めて見る幻想的な世界は早起きに対する素敵なプレゼントであった。
「里宮神社入口」という標識からいよいよ山道に入るが、いきなりの急登である。落ち葉でふかふかになった道はかえって歩きにくく、ややもするとずるずるとすべった。尾根に出て反対側を見ると、林道の終点らしき所が見えた。
富士見平小屋は南アルプス特有の素朴で小さな山小屋である。そこから見る富士はひときわ大きく堂々として見えた。富士見と言う地名は多いが、ここはまぎれもなくその名前に値する一等地だと思った。
天鳥川に下る道から、目指す瑞牆山が木立ちの間から姿を現してきた。天鳥川とはなんとなくロマンチックな響きをもっているが、実際は石のゴロゴロした小さな小川である。対岸には誰が名付けたか「桃太郎」という大きな岩の横の階段から、いよいよ最後の登りである。
岩場の急登に飽きた頃、前方に大ヤスリ岩がおおいかぶさるように現れてくる。その下を抜けて右を周り込んでいくと「ひょい」と頂上の岩に
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金峰山から見た瑞牆山 |
出る。ストンときれ落ちた絶壁となっているので、みんな腰を落としてソロソロと移動している。
岩の上は大展望台である。八ヶ岳や南アルプスの山々、そして富士山が眺められる。甲斐駒ヶ岳は黒い塊に見えたが、仙丈岳や白根三山(北岳、間ノ岳、農鳥岳)は冠雪しており、光線の関係か羽二重のようにすべすべして見えた。左に振り返れば、昨日登った金峰山ととなりの小川山が手が届くような所にあった。
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白根三山(右から北岳、間ノ岳、農鳥岳)
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