東京に出張した折、上野に一泊して早朝の新幹線で黒磯に向かう。那須高原は大学3年の時の合宿場所で、とてもなつかしかった。弁天温泉の前を通った時、建物は変わっていたがラジオ体操をした広場は昔のままで、あの時の情景がまざまざと思い出された。
ロープーウェイの山頂駅から歩き始める。若者や子供を連れた家族連れで明るい声が飛び交っている。赤茶けた砂礫の広々とした斜面を登っていく。あちこちでハァーハァーと荒い息をしながら立ち止まっ ている人がいる。
「小さな歩幅でゆっくり登ればいいのに・・・・」と余計な心配をしてしまう。頂上直下には火口らしきクレーターが見られる。鳥居をくぐると頂上に出る。三本槍岳方面が見渡せるが、下からわき上がってくるガスのため、視界は今一つだ。
峰の茶屋に向かう。ここからは完全に登山者の世界だ。峰の茶屋が馬の背に張りついている。振り返れば茶臼岳の中腹から噴煙が二筋なびいている。
朝日岳までの道は鎖場やガレ場があり、変化に富んでいる。赤い岩に手すりのように固定された鎖は、オーストラリアのエアーズロックの登り口を思い出させる。右手に見える朝日岳は鋭い天に突き刺 し、さながらミニ穂高といった感じだ。
熊見曽根からの道は今までとは別世界であった。今までの「茶」のイメージから「緑」、生物のいない「死」のイメージから、鳥がさえずりトンボや蝶が舞いエゾリンドウが咲く「生」のイメージに変わる。那須岳の魅力はひょっとしてこのあまりにも違う山々の対比にあるのかもしれない。
清水平に下り、スダレ山を巻いてまた下り、三本槍岳にはもう一度登り返さなければならない。これは精神的に相当きつかった。なだらかな山頂の一角に頂上がある。南会津の山々がよく見えたが、いかんせんよくわからない。茶臼岳は遥か彼方であった。
帰りは峰の茶屋から峠の茶屋方面に下って行ったが、中学生の大集団にまき込まれて、予定していたバスに乗り遅れてしまった。福井に戻ったら夜中の12時であった。 |