海外トレッキング日記 ピレネー 2017年
8月2日(水) 晴れ |
えちぜん鉄道で福井駅に向かったが、途中の駅で20分ほどストップ。枕木が燃えたそうだ。そんなことがあるとは信じられなかったが、一本早い電車に乗って正解だった。関西空港で全員そろい、きつねうどんで日本での最後の食事だ。 | |
8月3日(木) 曇り |
ドバイまでに2本、バルセロナまでに2本日本映画を見た。バルセロナ空港に着くとすぐにレンタカーを借りに行く。今回はいつものHertzではなくAvisだ。皮肉にもHertzのカウンターはがらすきでAvisのカウンターは混んでいていらいらしながら待つこととなった。予約してあった車より値段の安いオートマチックの車を薦められたが、スーツケースが2つしか入らないので、急きょ別の車に変更してもらった。 車を借りるのに手間取ったので出発が遅れてしまったが、Sさんの運転、S先生のナビゲーションでいよいよ旅の始まりだ。複雑な分岐やロータリーでの出口などすいすい走ることができるのも、運転のうまいSさんとグーグルでしっかりシュミレーションしてきたS先生のおかげだ。 |
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8月4日(金) 晴れ ガヴァルニー圏谷 |
ホテルで朝食。デザートのような甘いパンばかり置いてあったので、僕はアップルパイを選んだ。7時40分出発。こちらでは早朝で、車もほとんど通っていない。まず、丘の上にあるアインサの旧市街を訪れる。全体が石造りに統一されており、道路も石畳で、中世の面影を偲ぶことができる。早朝とあって、通りや広場はほとんど人がいなくて閑散としているが、昼近くには観光客であふれかえるのだろう。 |
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8月5日(土) 曇り ビニュマール峰展望 |
リフトの終点から幅の広い林道を歩く。どちらかというと少し下り気味になっている。まだ多くの花が残っていて撮影に夢中になる。一番目につくのはヤナギランの群落だ。タカネナデシコも多く見られる。紫の乾燥した花は、日本では見かけない。そうしているうちにゴーブ湖に到着する。湖から勢いよく水が流れ出し一本の川が造り出されている。霧は深く湖畔に山小屋がかすんで見える。霧は湖面にまで迫っていて幻想的だ。水は青く透き通っている。立ち止まることなく湖畔を右に巻いて進んで行くと、霧の晴れ間から青空がのぞき、山の頂上が一瞬見える時がある。 最近雨が降ったせいか、所々に水量豊かな滝ができている。足元は岩がごろごろして歩きにくい。森を抜けた広場で昼食。今日の僕はことのほか弱気で、もうここで引き返してもいいと思った。それはオーレット小屋まで苦労して行っても、霧で何も見えなければ意味がないと思ったのと、新しい靴が今一つ足になじんでいなかったからだろう。 小屋までは予想以上に時間がかかった。2000メートルを超す小屋の前で震えながら座っていると、突然視界が開け、フレンチピレネーの最高峰ビニュマール山(3298m)を始めとする山群が見えだした。その下の草原では羊や牛が草を食み、ワタスゲが風に揺れていた。感動的な自然の劇場だ。これを見られただけで、ここまで来た苦労が実ったと言っても過言ではない。しかしその劇場も長くは続かなかった。景色に見とれて、ビデオに収めることができなかったのは残念だった。 帰りはリフトに乗ることにしたが、コーブ湖からリフト乗り場までが長く感じた。ゴンドラには乗らないで、歩き出すとすぐにスペイン橋を渡り、ポントデエスパーニュ滝が現れる。ゴンドラから見た時よりも感動しなかったのは、目線が違うからだろうか、それとも多くの滝を見過ぎたからだろうか。そこから駐車場には、あっけないほど早く着いてしまった。 |
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8月6日(日) 晴れ時々曇り ローランの 裂け目 |
つづら折りの道を登って行くと、あれだけ厚い雲で覆われていた空がだんだん明るくなり、ついには青空が見えだしたのだ。まさに奇跡としか思えなかった。周りの山もどんどん見えだし、正面にタイロン山(3144m)も堂々とした姿を現し始めた。 幅の広い山道を歩き始めると、緑の斜面をちょこちょこ動き回る動物がいる。こちらに来て初めて見かけるマーモットだ。アメリカのヨセミテで見かけたものよりずいぶん小型だ。ほぼ水平な道を30分ほど歩くと、フランスとスペインの国境となるブハウエロ峠だ。岩に銘板が打たれている。 そこからタイロン山をトラバースしていく本格的な山道となる。イワギキョウやアザミの仲間など、多くの高山植物が迎えてくれる。ゴルジュ帯下まではあまり高度を稼げなかったが、そこから急登が始まる。大きな沢を渡る所は水が増えていてかなり危険であったが、先行の登山者が足場を教えてくれ手を取ってくれたのでなんとか安全に渡ることができた。やがて前方の岩山にサラーデ小屋が見えてきた。右手には青々とした氷河、左手奥には一昨日訪れたガヴァルニー滝が意外にも近くに見えた。 小屋は拡張工事のために閉鎖されていたが、多くの人が休んでいた。ローランの裂け目はもうそこまで近づいている。最後の取り付きは細かい砂の急登で、ここが一番つらい思いをした。ここで隊列はくずれ、Sさんはどんどん先に行ってしまう。 やっとの思いで到着したローランの裂け目は、想像していたものよりずっと大きく、迫力があった。標高は2807mあり、白山より高い。伝説によれば、この裂け目は、イスラム軍との戦いに敗れたカール大帝の甥のローランが愛剣を岩に叩きつけたことから生まれたと言われている。強く冷たい風が吹き渡っていたので、岩陰に隠れて昼食とした。 帰りは最後の別れを惜しむように、何度も何度も振り返って裂け目を見た。 |
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8月7日(月) 晴れ ピック・デュ・ミディ・ドッソ展望 |
下の駐車用から歩き出す。結構まだ残っているお花畑の中の道を登って行くとビオー・アルディグエス湖にぶつかる。一方が高いコンクリート壁で支えられている所を見ると人造湖であろう。分かれ道では左の谷に向かい、木立の中を進んで行くと広い草原に出る。いい時間になったので、そこで昼食を食べる。4人が全員リンゴをかじり出した。昨日食べたリンゴがよほど美味しかったのだろう。 もうどこからでも目的のピック・デュ・ミディ・ドッソォを見ることができた。「魚が上を向いて口を開けたような形」の頂上部にはしばしば雲がかかって、シャッターチャンスは限られていた。3つ目のジャントー湖の湖畔から湖越しに見るピック・デュ・ミディ・ドッソォは素晴らしかった。 帰り女性2人に追われる牛の群れに会った。牛たちは先頭のリーダーに従って1列になって道の端を歩くのには感心した。それにしても首に下げられたカウベルの音が大きく、難聴になったりしないのだろうかと、余計な心配をしてしまった。 スキー場のあるボルタレット峠は観光客でにぎわっていた。そこを超えると再びスペインだ。今度の宿泊地トルラはピレネー山脈の中にあり、中世のたたずまいを残す美しい村で、ピレネーを背景に大自然とうまく調和している。 |
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8月8日(火) 晴れ オルデサ渓谷 |
ブナ林の中の広い道を歩き始める。日本のブナは雪に押しつぶされて、大抵はへんな曲がり方をしているが、ここのブナはまっすぐ天に伸びている。地面は枯れ葉におおわれ、他の木が混じっていないのが不思議だ。林が途切れた広場にはたくさんの高山植物が残っており壮観だ。黄色の絨毯にピンクがアクセントをつけている。氷河が残した栄養のある土壌なので色も鮮やかであるそうだ。 いくつかの滝の横を通って行く。いずれも水量豊かで、轟音を立てている。森を抜けて、U字谷の最後の広場に出るとピレネー第3の高峰であるペルディード山が目に飛び込んでくる。高山植物の中をさらさらと小川が流れるコースは、ハイカーにとって至福の時間だ。渓谷の最奥に目的のコラ・デ・カバージョ滝がある。「馬のしっぽ」の意味があるそうだ。 滝近くでゆっくりと昼食を取り、帰りは駐車場に向かって左岸の道を通ることにした。崖みたいに見える所を通って行けるのだろうかという一抹の不安があったが、歩いてみるとそれほどでもない。しっかりとした山道が続いており、登ってくる人も多い。対岸の崖には横に何本かの線が走っており、アメリカのグランドキャニオンそっくりだ。途中で花の写真を撮っている人がいて、なんとその花はエーデルワイスだった。スイス以久しぶりのご対面だ。われわれのホテルの名前も「エーデルワイス」だったので、この辺りではよく見られるのかもしれない。そして、このコースの圧巻は「ローランの裂け目」をま近に見ることができることだった。歩くにつれてだんだん全貌が見えてくる。数日前にあの裂け目に立っていたのだと思うと感慨深い。 展望台で一休み。見下ろすと目が回るほどはるか下に、朝登ってきたトレイルが見える。ほぼ水平につけられた道は結果的に登っているのは道理だ。ここからは一気に降りることになる。膝をかばいながら慎重に降りて行く。車や人の声が聞こえるようになると、出発した駐車場は目の前だ。 |
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8月9日(水) 晴れ モンセラット 修道院 |
今日はバルセロナに戻る日。トルラを出発し、アインサを経由して1日目に来た道を戻る。途中でモンセラット修道院を見学する。岩山を車でどんどん登って行くと、頂上近くに立派な修道院がある。駐車場は車であふれていたが、修道院から最も離れた駐車場に止めることができた。ケーブルカーやロープウェイでも登って来れるので、人であふれかえっていた。 まず、修道院近くから出ているケーブルカーに乗り、奇怪な岩山を散策した。眼下に広がる街並みから察すると、標高はかなり高い。バルセロナ空港で無事レンタカーを返し、スーツケースが4つ収納できるタクシーでホテルに向かう。 ホテルは有名なラ・ランブラ通りに面している立地の良い所にあった。その通りは、まるでお祭りのように大勢の人が行き来していた。いろんな屋台が軒を連ね、似顔絵師が大活躍。体を銀色や金色に塗って彫像のようにじっと立っている人が急に動き出して通行人を驚かしたりしていた。後日談になるが、帰国して数日後、この通りで突然乗用車が乱入し、観光客らを次々となぎ倒すというテロ事件が起こった。 夜はホテルのすぐ前でフラメンコショーを鑑賞。長かった旅行の最後の夜が更けて行った。 |
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8月10日(木) 晴れ サグラダ・ファミリア |
午前中開いていたのでバルセロナでもっとも有名なサグラダ・ファミリアを見学することにした。1883年にガウディが設計して、現在も建築中である。外側の繊細な彫刻、内側のステンドグラス、いくつもの変わった塔など、ガウディの世界に引き込まれてしまう。 |
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8月11日(金) 晴れ |
飛行機が1時間ばかり遅れたので、予約してあった電車に間に合わなくなった。次の電車までもそれほど時間が無かったのに、Yさんがうどんを食べに行ってしまう。よほど日本食に飢えていたのだろう。ところが我々が乗った電車に間に合わなかったのだ。ここは日本だし、次の電車もあるのであまり心配はしなかったが、最後に起こったハプニングだった。 |