シドニーの旅    2024年5月

5月8日() 

晴れ

 海外への一人旅はこれが最後と決めた。年を取ってくると何があってもおかしくない。うっかりミスが大事件になることもある。それに、どんなに美しい景色も一人ではつまらない。でもなぜシドニーなのか。人口の割にはコンパクトな都市であり、数回訪れていてとてもなつかしく感じるからだ。
  例によって旅費を安く抑えるために飛行機はジェットスター、ホテルも今回初めてカプセルホテルに泊まることにした。締めて10万円である。関空までの電車もすべて普通か快速だ。空港でWi-Fiを借りる。前回の韓国旅行でとても役に立ったし、妻のたっての希望でもある。始終つながっていることは大きな安心でもある。  
 国際線は国内線ほどゲートが離れていないのでありがたい。事前にネットで手続きしていたので出国もあっけないほど簡単だった。機内に持ち込めるのは7キロ以下だと聞いていたので吟味してパッキングしたのに、計測さえされなかった。夜の出発で寝るだけだったので、座席間の狭さも気にならなかった。
5月9日(木)

曇り時々雨


ハーバー・ブリッジ
オペラ・ハウス
 
 パスポートを機械にかざして出国そして入国。ここ数年で随分変わったものだ。朝食は何にしようかと考えながらも、結局はマクドナルドにしてしまった。
 オーストラリアに着いてまず驚いたのは、クレジットカードをかざすだけで電車やバスに乗れるということだった。イコカのような交通系のカードもあるが、それだとチャージする必要があるし、帰国の時残高があると面倒だ。
 電車で市内に入る。サーキュラ・キー駅からハーバー・ブリッジやオペラ・ハウスが見えてきてシドニーに来たことを実感する。場所を確認するためと荷物を預かってもらうために、まずホテルを目指す。タウンホール駅からホテルまでは2分という近さ。ジョージ通りとリバプール通りの交わる所にあり、地の利は抜群である。カプセルホテルは初めての体験だったので、部屋の電灯のスイッチや布団の場所さえわからなかった。狭いのは覚悟の上だが、山小屋の事を思えば我慢もできる。
 身軽になってさっそくサーキュラキーへ。お祭りのような人ごみだ。まずはハーバーブリッジに向かう。車のレーンが8車線、鉄道路線、歩道などがあり世界で最も幅の広い橋だ。支柱内の200段の階段を展望台まで登る。対岸にシドニーのシンボルであるオペラハウスの全景が見える。ビデオをズームすると橋を登っているツアーの人が見える。
 橋を降りて、昔の受刑者が造ったというアーガイル・カットをくぐってオーストラリア最古のシドニー天文台へ。そこの展望台からの眺めも素晴らしかった。
昼はロックス地区の開拓時代のなごりが残るようなパブでフィッシュ・アンド・チップスを食べる。とても美味しかったが量が多く、ポテトをかなり残してしまった。午後はオペラハウスのあたりをぶらぶら歩き、王立植物園の入り口で休んだり、ホテルの周りを散策して過ごした。

5月10日(金)

曇り

 ブルー・マウンテンズ


 とてつもなく複雑なセントラル駅から、8時18分発の電車で約2時間かけてカトゥーンバへ。ブルー・マウンテンズの観光拠点となる駅だ。ブルー・マウンテンズとはユーカリの木から揮発されるオイルが、太陽光に反射して青く見える所からその名がついたそうだ。バスでエコー・ポイントを目指したが、だんだんガスが涌きだしてきて気分も沈んでくる。みんな一斉に降りだしたのでつられて降りると、そこはシーニック・ワールドだった。谷底に落ち込むようなケーブルカーやロープウェイなど3つの乗り物がある。乗り物を別々に買うことができないのには少し不満だったが、真っ白で何も見えないのでは乗った意味も無かった。
 気を取直し、エコー・ポイントまで歩くことにした。珍しい花を見る事ができたりして、周りが見えなくても楽しかった。エコー・ポイントでも肝心のスリー・シスターズを見る事ができず、あきらめてカトゥーンバまで戻ると日差しが一部出てきたので、あわててバスに乗ってエコー・ポイントに戻る。(その時バスの中に折りたたみ傘を忘れたのは残念だった。)
 せっかく戻ったのに、状況は変わっていなかった。スリー・シスターズに近づけるところまで行って、一番近い岩を見る事ができたのがせめてもの慰めであった。
一旦ホテルに戻り、夜のサーキュラ・キーに出る。昼間と違い、電飾のハーバー・ブリッジやライトアップされたオペラ・ハウスは幻想的で見ごたえがあった。

 5月11日(土)

 時毒雨 


タウン・ホール
ビクトリアビルディング
オーストラリア海事博物館
パディントン

 昨夜サーキュラ・キーで買った傘をさしてタウンホールの前を通ってクイーン・ビクトリア・ビルディングに行く。ここは、「世界で最も美しいショッピング施設」と言われている。19世紀後半に建てられ、200以上の店やレストランが入っている(後で、昼食はここで食べた)。ショッピングには興味が無かったが、ロマネスク様式の建物は見物するには十分魅力があった。 後日談になるが、街角ピアノというNHKの番組で紹介され、とても懐かしく感じた。
 次にダーリング・ハーバーまで歩き、オーストラリア国立海事博物館に行く。オーストラリアの海に関する様々な展示物を見る事が出来、駆逐艦や潜水艦にも乗船できた。ピット・ストリート・モールなどを散策し一旦ホテルに戻る。
 夕刻サーキュラ・キーからバスでパディントンに行く。パディントンはロックスと並ぶ、シドニーの歴史の街だ。アーティストや文化人が多く住み、ユニークなオブジェが目に飛び込んできたりする。ここで有名なのは週末に開かれるパディントン・マーケットだ。朝から雨だったので中止になったと思い出かけなかったのだが、実際はどうだったのだろうか。
 セントラル駅からトラム(路面電車)に乗って再びダーリング・ハーバーへ。レストランやホテルの明かりが海に映ってきらめき幻想的な夜景だった。帰り方向を間違えて変な所に出てしまいかなり焦った。しかしシドニー・タワーが目印となって何とかホテルにたどり着くことができた。それにしてもラーメンや焼き鳥の店が多い。カラオケやパチンコ屋まであってちょっとした日本ブームなのかと思った。

5月12日(日) 

晴れ 

ハイド・パーク
ドメイン
王立植物園
マンリー

 雨の中をハイド・パークに向かう。街をさまよったり公園でのんびり過ごしたりするのも今回の目的の一つであったが、雨ではのんびりできない。戦没者を慰霊するアンザック戦争記念館の前の池を紅葉した並木が囲んでいる。常緑樹がほとんどだったので気が付かなかったが、オーストラリアは秋だったのだ。とてつもなく大きな並木の下をゆっくり歩いていくと噴水がある。フランス軍との協力を記念したアーチボルド噴水だ。
 ハイド・パークの東側にローマ・カトリック教会の聖メリーズ大聖堂が建っている。ちょうどミサ中だったので内部を見学することはできなかったので、先に進むとドメインという芝生の広大な広場に出た。ピンクのシャツを着た大勢の人が集まっていた。母の日の集まりだったようで、沢山の出店やブースが並んでいた。ただでお菓子が配られ、ゲームや運動に子供たちがはしゃいでいた。僕もたくさんお菓子をもらい、お土産とすることにした。
 広大な敷地の王立植物園には100万本以上の植物が植えられているらしい。日本では見られない様々な花を愛でながらサーキュラ・キーまで歩き、フェリーでマンリーに向かう。海から見るハーバー・ブリッジやオペラ・ハウスもまた見ごたえがある。海には何艘ものヨットが浮かんでいる。マンリーは静かなリゾート地だ。海岸に向かってショッピング・エリアがあり、長く美しいビーチにはサーフィンに絶好の波が打ち寄せる。浜には大勢の観光客がサーファーを見ながらアイスクリームを食べたりしてのんびりしている。 

5月13日(月) 

晴れ 

ブルー・マウンテンズ

 シドニー最後の日だ。ブルー・マウンテンズのスリー・シスターズを見る事ができなかったのが心残りだったのでもう一度行ってみることにした。2時間もかけてまた行くのはどうかと少しためらう気持ちもあったが、2度と行くことができないと思うと行かなければならないと思った。
 少し曇っていたので心配したが、今度はばっちりスリー・シスターズを見る事ができた。代表的なエコー・ポイントから眺めたほか、様々な展望台から様々な角度のスリー・シスターズを目に焼き付けた。
 帰りはセントラル駅からホテルまで歩く。中華街がこんなに近くだったとは気が付かなかった。ひと休みして三度ダーリング・ハーバーに出る。今回もあまり大したものを食べなかったので、最後の夕食はちゃんとしたレストランで食べようと思ったのだ。ステーキか海鮮料理か迷ったが、エビがたくさんのった海鮮料理にした。ナイフとフォークではうまく食べられず、ほとんど手づかみで食べてしまった。コリコリとしたエビの味は最高だった。
帰りうっかり道を間違えた時もあったが、それも思い出と思い焦りはしなかった。それにしてもジョージ通りは大変な人ごみ。みんなどこを目指して歩いているのかととても不思議だった。ゆっくりと最後の夜を楽しみながらホテルに戻ってきた。

2月14日(火)

晴れ

 6時過ぎカギ箱にキーをもどしてホテルを出る。3時間前にジェットスターのカウンターに行ったのだが長蛇の列。最後尾に並んだが、ウェブ受付のカウンターがあることがわかりあっさりと通過。ここでも手荷物の大きさや重さを量られることは無かった。
 昼間の9時間の飛行は長かった。小さなイヤホンを配られたが、ビデオも有料なので見ようとは思わなかった。朝と昼の2回の食事タイムがあったが、僕は買っておいたパンを食べる。隣に初めて日本を旅行する人がいて、少し話をする。3週間日本に滞在し、大阪、東京、北海道、富山、高岡、岡山など主に新幹線を使って周るのだそうだ。外国人専用の新幹線のパスがあるのでできることなのだろうが、それにしてもエネルギッシュだ。それに下調べもよくしてあり、恐竜の福井を知っていたのにはびっくり。
 心配は福井に戻る最終電車に間に合うかだった。間に合わなければ空港に泊まる覚悟だった。飛行機は定刻に着いたのになかなか外に出られず、税関でパスポートをかざした後の出口を間違えて時間を取りあせる。Wi-Fiを返して電車のホームに着いたら出発の5分前、何とか間に合ってほっとする。。