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稲妻号孫×北輝号孫
700キロまで優入賞10回ぐらい

■■愛鳩の友
■■日本鳩レース協会
 
鳩の飼育

昭和40年頃には何処でも鳩を飼育していた、小学4年生の時に自宅の物干し場に
当時はリンゴ箱を3個繋げて鳩小屋にしていたが、直ぐに増えて物干し場を全て占領
した、勿論 母親は大反対であったが、幸い父が動物が好きで反対は無かった。
約2坪の鳩舎を仕切り 種鳩、選手鳩と分けて飼育したのである。
小学6年の秋に100キロレースで2位となり その後は我ながら立派な成績を上げる

まず基礎となったのが 64−008047 B♂ 64−042169 B♀の2羽である。
♂はファブリアーナ系 ♀は本田1000キロ系当事で言う当たり配合かな?
このペアから 多数の優勝鳩が出た。中でも69FA8216 B♂は素晴らしい記録を
作っていった。優勝、入賞10数回 北海道のどのレースか忘れたが帰って来ている
この子供で71RP3005 BC♀が我家で初めて稚内GNを翌日2度他に優入賞多
一度目は翌日の午後だが、2度目は翌朝と1100キロ以上の距離を帰って来た。
当時 我 福井連合会は京都の舞鶴市中心の京都北部連合会と一緒にレースを開
催していた、京都の方からは 毎回電話で帰って来ましたか?と聞かれる事が続いた
訳は簡単で 我家が帰って来たら京都へは1時間一寸で帰って来る計算が出来るか
らである、、帰還を待っている時間を計算できるからである。
確か、この秋は 100キロ〜700キロの全レース優勝した記憶がある。レースに出せ
ばトップで帰って来る自信もあったな??それだけ鳩の調子を掴んでいたと自負して
いる。一番の自信はでブッチョが鳩を止めて静岡へ行った後 親父が続けたが1年で
勝てなくなった。当然の結果だ。
3005はGNを2度翌日帰還後 鳩友の大塚鳩舎に、、そして直子も稚内GNを帰って
来ているので種としても優秀だった。。

飼育再開するにあたって探しているのがRP3005♀の血を引いた鳩を飼育したいの
である。福井の愛鳩者の何処かに残っていて欲しいな。この血を今の飛び筋と交配
させて 九頭龍LOFTを再開したい。そして最終目的は九頭龍血統の確立です。。。

ただ現状での再開は難しい問題が山済みされている、まずはご近所の迷惑になる?
鳩舎を建てる場所が無い、これは無理をすれば何処にでも建てられるが、一応 家内
の反対は無い事が一番心強い。子供達も好きにしたらと言ってくれる
再開はタイミングが一番かな、、既にそのタイミングは家内には話で了解済みです。
乞うご期待???



       再開時の鳩舎名は 九頭龍ロフト

                               平成21年1月2日


二番目に基礎になったのが 武生市の藤井氏が飛ばしたGCH稲妻号の孫♂と
関東の伊藤氏の北輝号の孫♀である。この二羽を交配させて出てきたのが68DH6
111 BC♂と68DH6112 B♀で二羽共に優勝経験を持ち、更に子孫で優入賞を
多数排出した。この交配から出た 71UE1591 B♂が鳩質が最高で200キロ訓練
の後 即種鳩として作出に回した。1591と3005の交配から1羽のみ作出して飛ばし
たのが その秋の600キロで優勝した。本当は1591、3005、そしてこの600優勝
鳩の3羽を基礎にして鳩レースを続けていたらと考えると残念な飼育中止だった。

現状のレースを色々なHPで見ると 帰還率が悪くなっている?猛禽類の被害も多い
ただ、以前と違って情報量が多く得られる事が心強いな、












           ■■九頭龍エース号■■
       69FA8216 羽幌1000キロまで記録、、
       長万部 800キロも帰っていたな、、


             ■■ミリオン5号■■
     我家で愛鳩の友から最初の賞金10数万円を獲得する
     確か 青森地区N700キロレース総合?位だったか、、
     一桁の順位で福井県では1〜3位かな、、忘れた。
     当時は富山〜石川〜福井で合同レースしていました。。
     隣の実家にはデータを残したはずだが探すと出てこない


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