●植物ホルモンとは  (2000.1)

・ 植物ホルモンの定義

 実は植物ホルモンには定義はありません。動物ホルモンの定義を植物に置き換えているようです。ちなみに環境ホルモンはマスコミの付けた俗称で内分泌攪乱化学物質のことであります。
 ホルモンとは「刺激素」という意味のギリシャ語で,植物ホルモンでは「植物体の中で生産され,微量で何らかの生長に影響をおよぼすもの」といった感じだろうか。
 (ちなみに動物ホルモンの定義は 1)特定の器官で生産される,2)これが血液によって運ばれ,微量で生理作用を示す,3)作用する特的の器官を持つ,である)

・ 植物ホルモンの種類と作用特徴など(イメージ図つき)

オーキシン

 最初に植物ホルモンとして認識されたもので,発見のきっかけは植物に光を当てると,茎は光の方向に屈曲する「屈性現象」をヒントに,多くの研究者が携わって発見されました。
 オーキシンとはギリシャ語で成長を意味する「auxo」からオーキシン(auxin)と呼ばれるようになりました。
 作用として,茎・根の伸長成長,頂芽の成長,果実の肥大,発根,組織分化などの促進,側芽の成長,果実,葉の脱離などを阻害します。ちなみに,茎,根の伸長促進は,植物体内で起きる現象で,外から植物体内にかけても伸長しません。
 なお,天然のオーキシンは植物体内で不安定であり,また自然界では用意に分解するため,農業上利用はできません。安定的な合成オーキシンが利用されています。
 最後に残念なことですが,合成オーキシン(特に2,4−Dなど)はその化学構造上,生産段階において副産物としてダイオキシンを含みやすい。2,4−Dはベトナム戦争で枯葉剤として使用された物の1つです。現在,日本ではほとんど使われていません。
ジベレリン

 1926年黒澤氏によって発見された植物ホルモンで,唯一日本人が発見したものです。稲の馬鹿苗病から発見されたもので,この病気の病原菌が出す毒素が馬鹿苗(徒長苗)にしていることから,この毒素が単離されました。この物質は馬鹿苗病菌の学名(Gibberella fujikuroi)からジベレリンと命名されました。
 その後,ジベレリンと同じ作用を持つ物質が植物体に含まれていることが分かり,現在79種類発見されています。これらは,発見された順番にジベレリンA1(GA1)〜ジベレリンA79(GA79)と番号が付いています。市販のジベレリンはGA3。
 作用として,茎,根を細長く伸ばすのが主な特徴です。他にも抽だいの誘導,春化処理の代用,発芽促進,開花促進,勝つ実促進,落葉抑制などがあります。

サイトカイニン

 植物を切断すると,切り口を治癒する細胞塊(カルス)が作られることをヒントに発見された植物ホルモンで,サイトカイニンとは,細胞分裂を促進する化合物の総称です。
 サイトカイニンの名称は1964年に植物体内からゼアチンを発見した研究者が提唱した名称です。
 作用として,カルスの形成,側芽の成長,細胞の拡大,クロロフィル合成促進,種子発芽の促進があります。
アブシジン酸

 オーキシン発見後,実験レベルにおいて,植物体内にオーキシンの成長促進作用を阻害する成分があることが分かってきました。この物質を特定するため各国の研究者が物質の存在を明らかにしましたが,それらの物質は同じものであり,1967年アブシジン酸と命名されました。
 アブシジン酸(abscisic acid,略してABA)とは脱離(abscission)の意味からきていますが,実は脱離はアブシジン酸が直接起こしているのではなく,アブシジン酸によってエチレンが働き脱離させていることが,後に分かっています。
 作用として,落葉などの脱離誘導,休眠誘導,種子発芽抑制,気孔の開閉調節による水不足の対応などがあります。

エチレン

 100年ほど前まで,照明はガス灯が使われ,ガス灯の近くの街路樹が早く落葉するなどの現象から,エチレンは発見されました。しかし,エチレンは気体であることから,植物体内から単離されたのは,定量技術が進んだ1960年代になってからです。
 作用として,発芽,開花,果実の成熟,落葉などの脱離,老化の促進と細胞分裂阻害,伸長成長阻害(一部の植物では成長促進)があります。
ブラシノステロイド

 アブラナの節間伸長を促進する物質が発見され,アブラナの 学名(Brassica napus)からブラッシンと呼ばれていたが,植物体内には少量であったため検出できませんでした。
 その後,1979年,健康ブームでミツバチの集めた大量のアブラナ花粉が出まわり,その中からブラッシンの化学構造が決定され,ブラシノステロイドと命名されました。
 続いて,1982年,東京大学農学部がクリからステロイド骨格をもつカスタステロン(クリの学名(Castanea crenata)に由来)を見つけるなど,いくつかのステロイド骨格をもつ物質が発見されました。これらステロイド骨格をもつ植物ホルモンの総称をブラシノステロイドと呼んでいます。
 作用として,他の植物ホルモンを類似したものも多く,茎などの伸長,葉の拡大,根の伸長など植物全体を大きくする。さらに老化の促進,温度ストレス,化学薬剤の薬害,塩害に強くなるなどがあるが,新しい植物ホルモンなので,様々な作用が研究されているようです。例えば,ステロイド骨格は昆虫を含む動物ホルモンの代名詞のようなもので,ブラシノステロイドは昆虫の脱皮ホルモンと似ているため,この方面での利用も考えられます。

・ 植物ホルモン同士の関係

  1. ジベレリンは一般的にオーキシンの作用を高める
  2. 高濃度のオーキシンはエチレン合成を阻害する
  3. ブラシノステロイドは単独で作用することもあるが,他のホルモンと関連して働くことが多い。

・ その他のホルモン

 フロリゲンと呼ばれる花の形成に影響を与えている物質があることが実験により分かっていますが,植物体内から単離されていないので,今のところは植物ホルモンの位置づけはされていません。

 

●農業現場での植物ホルモン  (2000.3)

・ 植物ホルモンの活躍
 植物ホルモンは農薬取締法上は農薬の1種であり,すでに農業では利用されています。簡単に紹介します。具体例は「作用(主な農薬名または薬品名)主な対象植物」のように書かれています。

・ オーキシン
 オーキシン活性物質とオーキシンの働きを弱める拮抗剤とがあります。
 除草剤(2,4−D)稲
 細胞組織培養(2,4−D,ナフタレン酢酸)いろいろ
 挿し木時の発根促進(オキシベロン、ルートン)キク、スギ
 着果、果実肥大促進(トマトトーン)トマト、ナス
 摘果剤(フィガロン乳剤)温州ミカン
 収穫後鮮度維持(2,4−D)レモン
 熟期促進(フィガロン乳剤)温州ミカン、ネーブル
 着色促進(フィガロン乳剤)カキ
 収穫前落下防止(ストッポール液剤)りんご、なし
 ネット形成、果実肥大促進(エルゴール乳剤)メロン
オーキシン拮抗剤
 貯蔵中の萌芽抑制(エルノー)ばれいしょ、たまねぎ、にんにく
 新梢抑制(エルノー)ぶどう,かんきつ類
 腋芽抑制(C−MH)たばこ

・ ジベレリン
 ジベレリンは植物体内にある植物ホルモンと同じ物質を使う方法と,ジベレリンの働きを弱める抑制剤と,植物体内でジベレリンの生成をジャマするジベレリン合成阻害剤があります。
 着果数の増加(ジベレリン)ナス,いちご
 果実の肥大促進(ジベレリン)ブドウ,キュウリ
 成熟促進(ジベレリン)ブドウ,いちご
 種なし果実にする(ジベレリン)ブドウ
 成長促進(ジベレリン)みつば,ふき,うど
 茎の伸長(ジベレリン)キク,シラン
 開花促進(ジベレリン)プリムラ,キク,シラン
 休眠打破(ジベレリン)テッポウユリ
 落果防止(ジベレリン)ネーブル,カキ
ジベレリン拮抗剤
 伸長抑制(ビーナイン水溶剤)キク、ポインセチア
ジベレリン合成阻害剤
 着粒増加(フラスター液剤)ブドウ
 新梢抑制(バウンティフロアブル)しゃくなげ、モモ、オウトウ
 倒伏軽減剤(スマレクト粒剤、セリタード粒剤、ビビフル粉剤、ロミカ粒剤など)水稲
 伸長抑制(サイコセル)麦類
 

・ サイトカイニン
 側芽、萌芽発生促進(ビーエー液剤)リンゴ、アスパラガス
 果実肥大(フルメット液剤)ブドウ、キウイ
 着果促進(ビーエー液剤,フルメット液剤)メロン、スイカ,温州ミカン
 新梢発生促進(ビーエー液剤)温州ミカン
 その他:バイオテクノロジーの基本である細胞培養の培地に利用される。

・ アブシジン酸
 以前,ハウス柿の着色に試験的ではあるが利用している話を聞いたことがありますが,非常に高価であることなどから,農業上利用方法が今のところ定まっていません。
 しかし,今後は水分生理に強い品種を作るなど利用されていくと思われます。

・ エチレン
 農業上の利用は,エチレンが気体であり扱いにくいので,分解してエチレンとなるエテホン(商品名エスレル)が利用されています。
 果実の熟期促進(エスレル)ナシ、オウトウ、カキ、トマト
 開花抑制(エスレル)キク
 倒伏軽減(エスレル)トウモロコシ、麦類

・ ブラシノステロイド
 日本では,まだ農業上現場で使用されるまでには至っていません。しかし,中国など海外では,コムギ,トウモロコシなどで10%以上の増収効果,ミカン,ブドウ,スイカなどの果物でも増収効果が報告されています。日本でも研究機関では試験されており,近年中には現場で活躍するのではないでしょうか。