祭神は、薬師如来、観世音菩薩である。祭礼は、4月18日と10月8日である。創立は、はっきりしていないが、文政2年(1819年)火災のため宝物も含めて焼失、その後再建している。昭和23年の福井地震により倒壊しているが、すぐ補修し、昭和26年9月、工費、三万五千円で復旧した。本殿は一間四方、境内は33坪である。

 浄土真宗本願寺派で御本尊の阿彌陀如来は、恵心僧都作と伝えられている。朝倉義景公の末孫得度し、この地に来て当寺を開基した。その時代は室町永禄2年で、即ち第1世は朝倉乗円法師で現在は第13代朝倉幸雄である。又同寺には蓮如上人の御木像(作者不明)と肉附きの面あり(作者不明)、明治11年11月11日寺号公称を認可され、市川山西善寺と称する。
 昭和23年6月28日福井地震により五間四面の本堂及び庫裡は全壊、翌年仮本堂を建設した。その後、本建築の計画が持ち出され、平成5年3月完成予定である。

 祭神は、天照太神、釈迦如来である。祭礼は、4月8日、8月8日である。天保7年(1836年)8月1日の火災で焼失、嘉永元年(1848年)再建しているが、創立等については、不明である。
 昭和23年の福井地震によって倒壊したため、同年12月復旧、境内は281坪ある。

 浄土真宗大谷派で御本尊は阿弥陀如来である。創立は慶長2年3月村道場として建立したが、元和元年3月本山より済清寺の寺号を受け、明治12年5月寺号公称の許可を得た。開基は済教、境内83坪の中に四間半に五間半の堂宇があったが、昭和19年12月10日焼失、昭和20年5月再建、またまた福井地震で倒壊、同23年仮堂を建設した。
 その後、住職不在になり仮堂もなくなった。