千四十有余年の歴史の古い和田八幡宮に合祀された多数の仏像が明治維新の際、神仏混淆を禁じられ、一時境内中に一宇を建立し、安置されたが、その後淵上の信徒相計り、八幡宮境内北隣、現在地に移築する計画をし、増田喜三次が色付け等に至るまで大修理を施し、堂宇を建立された。昭和23年6月の震災で倒壊、多数の仏体が破損された。現在の堂宇は、淵上町の厚意により、淵上町作業場を改築して寄進された。本尊は、、釈迦如来で不動明王(伝教大師御作)をはじめ、大日如来(文化10年頃、円山丸山の一本松を用いて八幡宮宮司七代宮城治香八代宮司治照の合作の傑作)、阿弥陀如来(恵心僧都の作)外多数の仏像が安置されている。和田地区にこのようにかくれたる秘仏が現存されていることは、極めて重要で今後永久保存、管理を切望する。広大な和田八幡宮境内には、十六院があったが、その中で、円持院養仙寺が本坊である。住職は宮司が兼務されてきた。現在地に移転後は近隣信徒により護持されてきた。以後住職として、2〜3入れかわり入られたが続かず、尼僧、中村智順が久しく堂守としてつとめられた。死後現住職、岩村圭海によって守られて今日に至っている。 |