「有り金、まとめて置いて来な!」
とは、B級映画の雑魚敵Cそのままのセリフではないか。
松岡は半ば呆れ顔で、声の聞こえてくる草むらの向こうを、振りやった。
「んな言い訳通用すると思ってんのか!?」
これまた、冒頭でやられるタイプのちんぴらである。
松岡がひょっこりと岩陰から覗いてみると、数人の野盗らしき無法者(ザコ顔)と、のっけから追い詰められている一人の男が確認できた。
「それが残念なことに、本当に無いんですよねー」
「……ふざけるな!」
野盗たちがリボルバーを片手に声を荒げるのに対し、向かって背を見せる被害者、長身に革のジャケットまでは可としても、まるで丸腰である。
この危険な荒野にあって銃すら持ち歩かないとは、命知らずも良いところだ。
「金目の物ぐらいあるだろう、お前、そのポケット」
野盗の中でも、リーダー格らしき男がアゴで指す、上着のポケット。
長身の男は、確かに不自然に、片手をポケットにつっこんでいる。
「……ああ、これッスか?」
ひょいと、何とも無しに見せた手の内は。
「お……おい、こいつ!」
「銃持ってやがるじゃねぇか!」
紛れも無く、銃だったのだ。
メッキの施された、特徴的なスナブノーズのバレル。
なかなかに良い銃使ってんな、と松岡はこっそり羨みつつも、反射的に自らの得物に指を伸ばす。
だが、途端に慌て引く野盗たちに対して、人が良いのか天然なのか、男は手の中の銃を構えもせず、不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「銃って、そうですけど?」
人の命を奪える武器を手に遊ばせておきながら、明らかに緊張感が欠けている気がする。
よもや弾を装填していないのか?
松岡は冷静に観察していたが、野盗どもはそうはいかない。
「……てめぇ、良い度胸だな」
「あ、良く言われるんスよねー」
「……」
けらけらと笑う被害者(いや、もしかしたら自分が被害者という自覚すらないのかも)に、少しは場の空気を読んだらどうだ、と松岡は人知れず溜め息を吐く。
このままでは、数分ののち善良な一青年(いや、果たして善良と言えるのかどうか線引きは難しい)を巻き込む銃撃戦になるだろう。
……などと、一人会議を続けても仕方ない。
「……はぁ。あー……はいはい、ちょーっとストップ」
こう見えて放ってはおけない性根でもある松岡。
草むらの中から両手を上げて近づくことにした。
面倒事には首を突っ込みたくないし、こんなので出張りたくは無いのだが、付随してくる強迫観念のような義務心が、野次馬だけでは済まさないのである。
「誰だぁ、てめえは?」
「ま、名乗るほどのもんじゃねーんだけど。そいつ、本当に無一文みたいだし、見逃してやってくんない?」
「何だと?」
松岡は先ん立って上着の胸ポケットから何かを取り出し、無造作に地面に放り投げる。
「こっちも立場、ってもんがあるんだよねぇ」
錫製のスターシールドに刻まれた、『The Peaces Officer』の文字。
すなわち、確固たる身分の証明だ。
「え……保安官さん?」
男が、初めて驚いた目で松岡を覗った。
そう、松岡という傍観者、こう見えてれっきとした保安官なのだ。
「は、政府の犬か」
「ん? そんなこと言っちゃっていいわけ? 侮辱罪で……」
刹那、両手を挙げたままの松岡に、盗賊団が一斉に銃口を構えた。
状況を察した長身の男は一転、顔を強張らせる。臨戦態勢に入ろうとする。
野盗の注意が、松岡のみに注がれている、今ならば。
だが、松岡は軽く目配せしただけで、手助け無用とばかりに薄く笑う。
「んじゃ。ま、専守防衛ってことで」
恐ろしいほどに緩慢な動きで、肩のホルスタに手をかける。
左口に銀の装飾銃、右口に保安部支給の回転式銃。
「後悔すんなよ」
実に簡単に、勝負は決する。
野盗のリーダー格は、とうの前に離脱していた。
一様に負傷した盗賊団も、まるで統率の取れていない動きで、我先にと、慌て去っていく。
逃げ出そうと足を引きずる野盗の一人を追い込み、松岡はぴたりと銃口を押し当てた。
「残念。お仲間はみーんな逃げちゃったよ」
被害者の男が呆然と突っ立っている、ものの数分の出来事である。
五、六人は居たであろう盗賊団は、あっという間に壊滅に追い込まれていた。
松岡という保安官、たった一人の手によって。
「お前……お前、知ってるぞ。二挺拳銃の……」
ずるずると逃げる野盗の背中が、剥き出しの岩石に阻まれる。
「“双槌”!?」
「へぇ? あんたらみたいな雑魚にも知れてんの……オレも有名になったもんだね」
喉の奥で篭るような笑い声のあと、松岡が交錯させたのは、絶対零度の視線のみ。
「末期のセリフは考えた?」
ゆっくりと外されるセーフティとは対称的に、即座に引かれたトリガに、躊躇いなど微塵も感じられ無かった。
その瞬間、弧を描き閃く刃光。
発砲音に混じって、固い金属を打ち返したような鉄鋼の音。
高速の空気が、松岡の足下の砂を掃いた。
――跳弾?
はぐれだろうが無法だろうが、松岡とて一流の腕前を持つ保安官だ。
この距離で、この位置で、弾を外すはずがない。(まして、跳弾など。)
原因を突き止めるより早く、地面を何度か擦り、ようやく止まる金属の照り返しに気づく。
「ダメだよ」
やけに間の抜けた、それでいて真剣な声色が、松岡を振り向かせる。
「ダメだよ、保安官さんが人殺ししちゃ」
「……お前」
ここぞと、野盗が一目散に逃げ出していく。
男はそれを目端で見送るまで、松岡を注視続けて、そしてようやく微笑んだ。
彼が腰を屈めて拾おうとしているのは、刃渡り10cmほどのアサルトナイフ。
先ほどの照り返しを造った金属刃には、命中した跳弾の痕がくっきりと残っている。
「危なかったー。何か偶然、オレのナイフが落ちたから良かったけど。それにしても腕良いねぇ、保安官さん。あの数を一人で追っ払うなんて」
「……」
……偶然、のわけがねぇ。
松岡は俄然強めた警戒心で、男を睨みつけた。
狙いは正確だった。遮蔽物さえ無ければ、野盗の胸を貫通していただろう。
遮蔽、すなわち、この男が“偶然にも手から滑らせたナイフ”は、松岡の正確な狙いを“運良く見事に”崩したのだ。
「……何で邪魔した」
松岡は、まだ銃を収めていない。
「あ、ナイフ欠けちった……高かったのになー」
男は聞かない振りをして(いるように、松岡には見えた)、刃を水平にかざしている。
その仕種が演技だとしても、不気味なほどに一般人を思わせて仕方ない。
「保安官さん」
前振りなく呼びかけられて、保安官・松岡は不覚にもびくりと銃を持ち直す。
「あのー、そろそろ、その銃、仕舞ってくれません? やっぱ危ないし、ね?」
「あ?……ああ、悪ぃ」
「えへ。結構、善い人ッスねー、保安官さん」
只者では無いと勘繰ったのは、思い違いだったのだろうか。
にこにこと笑う様に善い人呼ばわりされては、松岡も流れるままに銃を収めてしまった。
「……たいした度胸だな。あんだけ銃撃戦に巻き込まれてんのに」
松岡の、まさしく率直な感想である。
「慣れてるんスよ。オレの友達に銃士がいるから」
「……銃士、ねぇ」
聞こえの良い言葉を使った男に、保安官である松岡は少なからず軽蔑を向ける。
銃士、なんて職業は無い。
銃を扱う人間とは、つまりあらくれ、無法者、それは保安官の最大の敵であり、そして、松岡が個人的に最も忌み嫌う違法者でもある。
「あの、でもオレの知ってる銃士は、すごく善い人ッスよ?」
考えを見透かされたような長瀬の言葉に、急に堪えがたくなった松岡は話を逸らした。
「それよりお前、何でこんなところをうろついてたんだ? 行商隊でさえ襲われる荒野を一人で、なんて無謀すぎるだろ」
「人を……恩人を探してるんです。それで街から出てきたんですけど……」
「ふーん、人探し」
興味こそ持とうとは思わないものの、少し共感を覚える。
松岡と、大きくは同じ目的だったからだ。
「助けてもらったのは良かったんだけど、借りてた銃、返すの忘れちゃって」
まるで玩具か何かのようにポケットから取り出して見せる、銃身の極端に短い銃。
上着のポケットに、すっぽりと隠れてしまうほどの小型銃だ。
おそらく、その“恩人”とやらが護身用にでも貸し与えたのだろう。
「……お前、それ弾入ってるか?」
「入ってますよ」
「なら、軽々しく出すなよ」
「だって、オレ、撃ち方知らないし」
松岡が保安官でなければ、今にでも卒倒するところだ。
「……玩具じゃねーんだぞ。正しい使い方くらい覚えとけ」
「でも、オレは使わないッスよ?」
「使う使わないの問題じゃねぇよ。自分が持ってる限りは金も銃も同じ。責任持て、ってことよ」
はたりと、男の表情が止まる。
奇しくも、ちょうど保安官章を拾いに背を向けていた松岡は気づかなかった。
「使い方次第で、人ひとり殺せるのが銃なんだからさ」
「……あの人と、同じこと言うんスね」
不思議そうに首を傾げた松岡が振り返り見たのは、相変わらずにぱりと微笑む男の姿だった。
「ね。保安官さんはどーしてこんなとこにいるんスか? 管轄区があるんでしょ?」
「まぁ、オレははぐれもんだから……って、そう言うお前はどうなんだよ。これからどこの街行くんだ? 西、じゃねぇよな。南区の方か」
「どこ? 南区? いや、どこの街って……?」
右、左、また右に首を回して、男は固まった笑みを浮かべる。
一向に次の単語を出そうとしないところから、数秒の沈黙、松岡がいよいよ事情を悟る。
「お前……その年で迷子か!?」
「違いますよっ! 行く当てが無いだけで!」
「しかも今時、銃の扱いも知らねぇでフラフラって……殺して下さいって言ってるようなもんじゃねーか!」
「そー言う保安官さんだって、一人でフラフラしてんじゃないッスか!」
「一緒にすんなよ!」
続けざまマシンガンクロストークを展開させた二人は、弾幕が止んだ隙に肩で息を切らしつつ、相手の出方を交互に見合った。
どっちもどっち。
今の状況をまさしく言いはめる台詞が、ほぼ同時に思い浮かんだらしい。
二人して哀愁にうすら笑んで、先に妥協したのは、松岡だった。
「と……隣町までなら……着いて来る、か?」
にぱ。
またも効果音として最適な笑顔で、男は大きく三度うなずいた。
とりあえず、引き分けた。
だが、何故だか負けたような気がする松岡ではあった。
「あの、オレ、長瀬って言います。よろしく、保安官さん」
「……“松岡”だ」
「よろしく、松岡くん」
「……」
さっさと歩き出した松岡の後ろを、こちらもさっさと歩きついてくる、長瀬と名乗った男。
一体、何がどうなって、この奇跡的な状況に至るのか。
一人巡業保安旅、初日にして二人旅に取って代わるとは。
はぐれ保安官・松岡の本日二度目の溜め息は、きっと長瀬には聞こえていないのだろう。
とは、B級映画の雑魚敵Cそのままのセリフではないか。
松岡は半ば呆れ顔で、声の聞こえてくる草むらの向こうを、振りやった。
荒野の塔
「えっと。お金、無いんですけどー……」「んな言い訳通用すると思ってんのか!?」
これまた、冒頭でやられるタイプのちんぴらである。
松岡がひょっこりと岩陰から覗いてみると、数人の野盗らしき無法者(ザコ顔)と、のっけから追い詰められている一人の男が確認できた。
「それが残念なことに、本当に無いんですよねー」
「……ふざけるな!」
野盗たちがリボルバーを片手に声を荒げるのに対し、向かって背を見せる被害者、長身に革のジャケットまでは可としても、まるで丸腰である。
この危険な荒野にあって銃すら持ち歩かないとは、命知らずも良いところだ。
「金目の物ぐらいあるだろう、お前、そのポケット」
野盗の中でも、リーダー格らしき男がアゴで指す、上着のポケット。
長身の男は、確かに不自然に、片手をポケットにつっこんでいる。
「……ああ、これッスか?」
ひょいと、何とも無しに見せた手の内は。
「お……おい、こいつ!」
「銃持ってやがるじゃねぇか!」
紛れも無く、銃だったのだ。
メッキの施された、特徴的なスナブノーズのバレル。
なかなかに良い銃使ってんな、と松岡はこっそり羨みつつも、反射的に自らの得物に指を伸ばす。
だが、途端に慌て引く野盗たちに対して、人が良いのか天然なのか、男は手の中の銃を構えもせず、不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「銃って、そうですけど?」
人の命を奪える武器を手に遊ばせておきながら、明らかに緊張感が欠けている気がする。
よもや弾を装填していないのか?
松岡は冷静に観察していたが、野盗どもはそうはいかない。
「……てめぇ、良い度胸だな」
「あ、良く言われるんスよねー」
「……」
けらけらと笑う被害者(いや、もしかしたら自分が被害者という自覚すらないのかも)に、少しは場の空気を読んだらどうだ、と松岡は人知れず溜め息を吐く。
このままでは、数分ののち善良な一青年(いや、果たして善良と言えるのかどうか線引きは難しい)を巻き込む銃撃戦になるだろう。
……などと、一人会議を続けても仕方ない。
「……はぁ。あー……はいはい、ちょーっとストップ」
こう見えて放ってはおけない性根でもある松岡。
草むらの中から両手を上げて近づくことにした。
面倒事には首を突っ込みたくないし、こんなので出張りたくは無いのだが、付随してくる強迫観念のような義務心が、野次馬だけでは済まさないのである。
「誰だぁ、てめえは?」
「ま、名乗るほどのもんじゃねーんだけど。そいつ、本当に無一文みたいだし、見逃してやってくんない?」
「何だと?」
松岡は先ん立って上着の胸ポケットから何かを取り出し、無造作に地面に放り投げる。
「こっちも立場、ってもんがあるんだよねぇ」
錫製のスターシールドに刻まれた、『The Peaces Officer』の文字。
すなわち、確固たる身分の証明だ。
「え……保安官さん?」
男が、初めて驚いた目で松岡を覗った。
そう、松岡という傍観者、こう見えてれっきとした保安官なのだ。
「は、政府の犬か」
「ん? そんなこと言っちゃっていいわけ? 侮辱罪で……」
刹那、両手を挙げたままの松岡に、盗賊団が一斉に銃口を構えた。
状況を察した長身の男は一転、顔を強張らせる。臨戦態勢に入ろうとする。
野盗の注意が、松岡のみに注がれている、今ならば。
だが、松岡は軽く目配せしただけで、手助け無用とばかりに薄く笑う。
「んじゃ。ま、専守防衛ってことで」
恐ろしいほどに緩慢な動きで、肩のホルスタに手をかける。
左口に銀の装飾銃、右口に保安部支給の回転式銃。
「後悔すんなよ」
実に簡単に、勝負は決する。
野盗のリーダー格は、とうの前に離脱していた。
一様に負傷した盗賊団も、まるで統率の取れていない動きで、我先にと、慌て去っていく。
逃げ出そうと足を引きずる野盗の一人を追い込み、松岡はぴたりと銃口を押し当てた。
「残念。お仲間はみーんな逃げちゃったよ」
被害者の男が呆然と突っ立っている、ものの数分の出来事である。
五、六人は居たであろう盗賊団は、あっという間に壊滅に追い込まれていた。
松岡という保安官、たった一人の手によって。
「お前……お前、知ってるぞ。二挺拳銃の……」
ずるずると逃げる野盗の背中が、剥き出しの岩石に阻まれる。
「“双槌”!?」
「へぇ? あんたらみたいな雑魚にも知れてんの……オレも有名になったもんだね」
喉の奥で篭るような笑い声のあと、松岡が交錯させたのは、絶対零度の視線のみ。
「末期のセリフは考えた?」
ゆっくりと外されるセーフティとは対称的に、即座に引かれたトリガに、躊躇いなど微塵も感じられ無かった。
その瞬間、弧を描き閃く刃光。
発砲音に混じって、固い金属を打ち返したような鉄鋼の音。
高速の空気が、松岡の足下の砂を掃いた。
――跳弾?
はぐれだろうが無法だろうが、松岡とて一流の腕前を持つ保安官だ。
この距離で、この位置で、弾を外すはずがない。(まして、跳弾など。)
原因を突き止めるより早く、地面を何度か擦り、ようやく止まる金属の照り返しに気づく。
「ダメだよ」
やけに間の抜けた、それでいて真剣な声色が、松岡を振り向かせる。
「ダメだよ、保安官さんが人殺ししちゃ」
「……お前」
ここぞと、野盗が一目散に逃げ出していく。
男はそれを目端で見送るまで、松岡を注視続けて、そしてようやく微笑んだ。
彼が腰を屈めて拾おうとしているのは、刃渡り10cmほどのアサルトナイフ。
先ほどの照り返しを造った金属刃には、命中した跳弾の痕がくっきりと残っている。
「危なかったー。何か偶然、オレのナイフが落ちたから良かったけど。それにしても腕良いねぇ、保安官さん。あの数を一人で追っ払うなんて」
「……」
……偶然、のわけがねぇ。
松岡は俄然強めた警戒心で、男を睨みつけた。
狙いは正確だった。遮蔽物さえ無ければ、野盗の胸を貫通していただろう。
遮蔽、すなわち、この男が“偶然にも手から滑らせたナイフ”は、松岡の正確な狙いを“運良く見事に”崩したのだ。
「……何で邪魔した」
松岡は、まだ銃を収めていない。
「あ、ナイフ欠けちった……高かったのになー」
男は聞かない振りをして(いるように、松岡には見えた)、刃を水平にかざしている。
その仕種が演技だとしても、不気味なほどに一般人を思わせて仕方ない。
「保安官さん」
前振りなく呼びかけられて、保安官・松岡は不覚にもびくりと銃を持ち直す。
「あのー、そろそろ、その銃、仕舞ってくれません? やっぱ危ないし、ね?」
「あ?……ああ、悪ぃ」
「えへ。結構、善い人ッスねー、保安官さん」
只者では無いと勘繰ったのは、思い違いだったのだろうか。
にこにこと笑う様に善い人呼ばわりされては、松岡も流れるままに銃を収めてしまった。
「……たいした度胸だな。あんだけ銃撃戦に巻き込まれてんのに」
松岡の、まさしく率直な感想である。
「慣れてるんスよ。オレの友達に銃士がいるから」
「……銃士、ねぇ」
聞こえの良い言葉を使った男に、保安官である松岡は少なからず軽蔑を向ける。
銃士、なんて職業は無い。
銃を扱う人間とは、つまりあらくれ、無法者、それは保安官の最大の敵であり、そして、松岡が個人的に最も忌み嫌う違法者でもある。
「あの、でもオレの知ってる銃士は、すごく善い人ッスよ?」
考えを見透かされたような長瀬の言葉に、急に堪えがたくなった松岡は話を逸らした。
「それよりお前、何でこんなところをうろついてたんだ? 行商隊でさえ襲われる荒野を一人で、なんて無謀すぎるだろ」
「人を……恩人を探してるんです。それで街から出てきたんですけど……」
「ふーん、人探し」
興味こそ持とうとは思わないものの、少し共感を覚える。
松岡と、大きくは同じ目的だったからだ。
「助けてもらったのは良かったんだけど、借りてた銃、返すの忘れちゃって」
まるで玩具か何かのようにポケットから取り出して見せる、銃身の極端に短い銃。
上着のポケットに、すっぽりと隠れてしまうほどの小型銃だ。
おそらく、その“恩人”とやらが護身用にでも貸し与えたのだろう。
「……お前、それ弾入ってるか?」
「入ってますよ」
「なら、軽々しく出すなよ」
「だって、オレ、撃ち方知らないし」
松岡が保安官でなければ、今にでも卒倒するところだ。
「……玩具じゃねーんだぞ。正しい使い方くらい覚えとけ」
「でも、オレは使わないッスよ?」
「使う使わないの問題じゃねぇよ。自分が持ってる限りは金も銃も同じ。責任持て、ってことよ」
はたりと、男の表情が止まる。
奇しくも、ちょうど保安官章を拾いに背を向けていた松岡は気づかなかった。
「使い方次第で、人ひとり殺せるのが銃なんだからさ」
「……あの人と、同じこと言うんスね」
不思議そうに首を傾げた松岡が振り返り見たのは、相変わらずにぱりと微笑む男の姿だった。
「ね。保安官さんはどーしてこんなとこにいるんスか? 管轄区があるんでしょ?」
「まぁ、オレははぐれもんだから……って、そう言うお前はどうなんだよ。これからどこの街行くんだ? 西、じゃねぇよな。南区の方か」
「どこ? 南区? いや、どこの街って……?」
右、左、また右に首を回して、男は固まった笑みを浮かべる。
一向に次の単語を出そうとしないところから、数秒の沈黙、松岡がいよいよ事情を悟る。
「お前……その年で迷子か!?」
「違いますよっ! 行く当てが無いだけで!」
「しかも今時、銃の扱いも知らねぇでフラフラって……殺して下さいって言ってるようなもんじゃねーか!」
「そー言う保安官さんだって、一人でフラフラしてんじゃないッスか!」
「一緒にすんなよ!」
続けざまマシンガンクロストークを展開させた二人は、弾幕が止んだ隙に肩で息を切らしつつ、相手の出方を交互に見合った。
どっちもどっち。
今の状況をまさしく言いはめる台詞が、ほぼ同時に思い浮かんだらしい。
二人して哀愁にうすら笑んで、先に妥協したのは、松岡だった。
「と……隣町までなら……着いて来る、か?」
にぱ。
またも効果音として最適な笑顔で、男は大きく三度うなずいた。
とりあえず、引き分けた。
だが、何故だか負けたような気がする松岡ではあった。
「あの、オレ、長瀬って言います。よろしく、保安官さん」
「……“松岡”だ」
「よろしく、松岡くん」
「……」
さっさと歩き出した松岡の後ろを、こちらもさっさと歩きついてくる、長瀬と名乗った男。
一体、何がどうなって、この奇跡的な状況に至るのか。
一人巡業保安旅、初日にして二人旅に取って代わるとは。
はぐれ保安官・松岡の本日二度目の溜め息は、きっと長瀬には聞こえていないのだろう。
It Continues,too?
保安官な松岡さんにはS&Wを2丁、長瀬さんはコルト(ローマン)