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荒野の五人
 山口は、領主館の警備が(仕事としても、それを請け負う輩としても)嫌いなのだ。

 毎度、山口たちが保安部の要請でもって警備に来た時間には既に、9割がアウトロー紛いの、あるいは、それより性質の悪い荒くれどもで占められていた。
 領主が個人的に雇った私兵らしいが、何せこちらは保安部だ。
 今や領主館は、もっぱら居心地の悪さ最高潮である。

 こちらが保安官であるという些細にして大きな理由で、彼らの態度は激変する。
 賞金首ならば親の仇のように睨みつけ罵倒するか、たまに紛れ込んだ賞金稼ぎならば、褒賞目当てにへりくだるかの、二択のみ。
 鬱陶しい以外の、どんな感情も持てやしない。

 山口は、すれ違った大男の警戒の眼差しを鋭く一瞥してから、溜め息を吐いた。

「ちょっと兄ぃ、溜め息なんて吐かないでよ。減給もんよ」
「……面倒くせぇ」
「そのセリフも禁止」

 重ねて言うならば、区長はもっと嫌いだった。
 中央からの下りだか何だか知らないが、とにかく目下を顎で使うし、そのくせ目上にはへりくだる。
 (これでは荒くれどもと、さほど変わらないではないか、と思ったところでで、山口の苛立ちは多少収まる。)

「俺らの仕事無ぇんじゃねーの? 降りていいか、俺」
「ダーメだっつの。仕方ないっしょ? 本人は覚えないって言ってるんだから」
「命狙われる覚えがあるから、護衛を雇ってんだろうが」

 月に数回、領主館の主、つまりD2区の区長は、保安部に護衛を命じてくる。
 どのような日にどのような理由でかは、区長側からは一切明かされない。
 が、保安部もバカでは無い。薄々感づいてはいる。

 住民税が、区口座に振り込まれる日、
 それに伴う、住民たちのいざこざがあった日、
 区長いわく、“些細な事件”があった日のいずれかである。

「ね、“魔術師”って聞いたことある?」

 唐突に話題を逸らしたのに少し驚いて、山口が欠伸を中途で止める。

「“魔術師”……? A級首の」
「そう。南角の住民団体が、裏で依頼したみてぇなの。現れるかもよ」
「ふぅん。暗殺に?」

 向かいの保安官は噴くように笑ってから、複雑な顔で頬を上げた。

「あんたが言うと、冗談に聞こえない」

 だろうな、という簡単な相槌を、山口は返さなかった。

「頼むから、自分から厄介事に首つっこむ真似だけは、しないでよね」
「へーい」

 やる気の無さを最前面に押し出した返事で、山口は適当に手を振っておく。
 相方は溜め息でも吐きたそうな渋い顔で、だがとりあえずは引き下がってくれたようだ。
 領主館の門扉の方へ、すたすたと歩き出す。
 奴は、本日の警備担当からは外れているので、何だかんだ言って気が軽いのだろう、足取りも軽い。
 その背中を恨めしげに見送って、思い出したように煙草を探し出す。

「“魔術師”ねぇ……」

 もっとも、その通り名さえも無法者のために存在するのだろうが。
-2-
「どこまでついてくんの?」
「もうちょっと!」

 本日、通算四度目になる同じ質問に対する、同じ返答。
 問いかけた側の太一は不機嫌さを露にした顔で、背後を睨みつけた。

 長身をこじんまりと縮こませて、その背に隠れる長瀬である。
 申し訳なさそうな顔をしながらも、眼だけは相当に真剣だ。
 仕事を見たいと無理やりついて来て、
 途中まで、
 あと少し、
 もうちょっと、
 と都度言いながら、結局、もう領主館の手前一本挟んだ通りにまで近づいてしまっていた。
 この調子では、どうも途中で帰ってはくれない様子なのだ。

 何故かは分からないが、太一は、長瀬を仕事に同行させることに嫌悪を感じている。
 仕事仲間は、何人か居る。いずれも一昔前までは、ごく普通の民間人だった者たちばかりだ。殆どの無法者たちは、通常、一般人から下るのだから当然ではある。
 中には、民間人として何食わぬ顔で生活しながら、裏で情報を収集していたり、巨大組織と繋がりがあったりする強者もいる。
 先の見えない憧れから、組織に入りたがる者だって大勢いる。
 今の長瀬と、さほど変わらない背景。
 なのに、この男に限って、無法の賞金稼ぎは似合わないと、太一は思ったのだ。
 何がそう思わせるのだろうか、分からない。分からないのは確かに気持ち悪いが、今、詮索するべきことではない。

 こちらの世界には、来させない。
 少なくとも、自分が生きているうちは。

 そう考えを固めながら、壁板の隙間から人の流れを読んでいた太一の顔が不意に凍りつく。

「嘘。マジで……?」

 領主館の高い鉄柵の内庭、保安官が一人歩いていた。
 太一がよく知る顔の、こういう状況では、あまり会いたくない分類に属する男。

「“双槌”がいる」
「そう……? え、何って?」

 やり辛い。
 太一がここに来て初めて舌打ちする。

 元来、通り名というものは、無法の賞金稼ぎやガンマンが使う“隠し名”がその始まりだ。
 いつごろからか、通り名は境界線を越えた名声と強さの証明、言わばステータス的な称号になってしまってはいたが、それを使う人種はさほど広くない。
 要約、保安官は通り名を持たないのが、普通なのである。

「二挺拳銃の保安官“双槌”だ。会ったことねーけど顔は知ってる、間違いない」
「……すごいひと、なんですか?」
「別名“無法者潰し”」
「無法者……」

 間、一瞬。

「それって太一くんとかのことじゃないッスか!」
「遅ぇよ!」

 彼ら基準の小声で怒鳴り合い、二人はもう一度、壁の隙間に首を突っ込んだ。
 護衛の顔触れを確認する。
 見たところ、正式な保安官は格好からして、三人。
 護衛に関しての打ち合わせだろうか、館の門扉の前で、何かしら会話を続けている。

 “双槌”は、アウトロー最大の敵であるが故に名づけられた畏怖の二文字。
 保安官の中の保安官。
 彼に生かさず殺さず捕獲され、獄中送り(5割がた極刑待ち)された無法者は両の指全部使うどころか、ともすれば二桁でも足りない。

 しばらくして、二人の保安官が領主館の門を後にする。
 最終的に領主館の敷地内に残った保安官は“双槌”、一人であった。
 それを幸と取るか不幸と取るかは、無法者の経験値にもよる。

「あーもう、最悪。これ想定外のケースじゃねぇか」
「え……でも、二人減ったじゃん」
「数の問題に入らないんだよ、“双槌”は……マスターに言っといて。報酬、倍にしとけって」

 太一が腰帯のホルダーに無理やり仕舞っている愛銃を、手に取る。
 長瀬が途端に、険しい表情で眉根を寄せた。
 今回の依頼を降りるのではないかと、少しばかり期待していたのだろうか。
 もっとも、そんな些細な想定外ごときで、正式に受けた依頼をあっさり断ってしまえる太一ではないことは、長瀬も分かっているはずだ。

「長瀬、もう戻れ」
 眼前に溜まった真空を飲み込んで、長瀬が押し黙った。
 長瀬が知る銃士は、本当に時々だが、恐ろしく冷たい眼をする。

 太一は、何事も無かったかのように屋敷の裏手へと歩いていく。
 すぐに、屋敷に侵入したのだろう、もう後姿も見えない。
 帰らなければならないのに、いつまでも、長瀬はその場を離れることが出来ないでいた。

 連続してバラける、銃声が聞こえる。

 (こんなことを言ってはきっと怒るだろうけれど)小柄な彼には似合わないと、よもや扱えないのではないかと思っていた長銃だ。
 珍しい音ではないが、だから、長瀬は耳に染みこませて覚えている。
 それを誰よりも巧く扱いこなし、付いた通り名が『魔術師』だと、酒場のマスターから聞いている。

 これ以上は、ついて行けない。
 分かってはいるのだが、言い様のない不安が足下から迫ってくる。
 何かが起こる気がした。
 帰れない。

「……ごめんなさい」

 ぐ、と下唇を噛んだ長瀬は、意を決して、屋敷の正面へと走り出す。
 全て取り越し苦労に終わるのだろうと、必死に自分に言い聞かせている。縁起でもない。
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隠れタイトルは“荒野のトリプルトリガー”。