「金じゃ、命は買えない」
長瀬が、静かに言い放った。怒りを抑え込んでいることは、一目瞭然であった。
真夜中過ぎの砂塵が、窓ガラスを細かく叩く。
太一は銃の手入れを止めた。
両者とも目を合わせようとしない。苛立っているから、ではない。
「……俺の実家、結構でかい農場だったんだけど」
少しの沈黙のあと、ようやく繋いだ会話に、太一は再び手入れを始める。
長瀬が不信げな横目で見やる背中の向こうで、薪が一本、火の粉を舞わせて弾ける。
「軍用地になるから売れって言われた。安い地代でね。農場だぜ? 土地が無くなったら生活できない」
「……売った、の?」
「いや。けど、農場主だった親父が“都合良く”火事で死んでね」
太一は、その根本的な原因を明かさずに続ける。
「持ち主がいないなら、って結局買収された。法律ってのは、便利に出来てる」
「……」
長瀬がゆっくりと顔を向ける。
「法で取られたもんは、法で取り返してやろうってね」
「……ごめんなさい」
まるで反射的に、長瀬は謝っていた。色々なことに対しての謝罪だった。
長瀬自身にも整理できない罪悪感で、太一に、その全てが伝わったとは思えなかった。
「何で謝るんだよ?」
「オレ、偉そうなこと言って」
「何で? お前が言ってることは正しいんだよ。お前は、こんな風になるなよ、ってこと」
長瀬は眉根を寄せる。
泣きたくなってきた。
「オレも。賞金稼ぎになろうかな」
だんまりが続くのが嫌で、ぽつりともらしてみた密かな夢を、太一は大袈裟に笑い飛ばす。
「ばぁか。100万年早い」
そう冗談めかして笑った顔が、かつて無いほどに優しくて。
最後まで長瀬には、彼が無法者だと、信じるに足る理由を探すことが出来なかったのだ。
ぱちぱち、と窓ガラスを叩くのは雨ではなく、強風に舞い上がる細かい砂。
数日雨が降っていないので、荒野の重たい砂粒も、乾いて風に浚われやすくなっている。
おかげで、D区周辺は軽く水不足気味である。
そんな時事はともかくとして、客一名のみの軽食屋は、この辺で沈黙状態が11秒続いている。
事の始まりは、長瀬の出所のわからない思いつきであった。
「太一くんって、“銃士”ですよね!」、と得意げに話してみせた、与太知識であった。
さて、15秒経過して、ようやく太一は首を傾げるという反応を取る。
「じゅうし?」
「東の方では銃を使う戦士のことを、銃士って言うんだって」
「なんだそりゃ……別にいいよ、フツーの賞金稼ぎで」
「えー? かっこいいと思うけど“銃士”」
いつからか、長瀬は賞金稼ぎ見習いと称して、太一にくっついて行動していた。
弟子だ、助手だと言い張っている。
太一の側にしてみれば、何か教えてやったようなことは別段無い。教えてやるつもりも、毛頭無かった。
長瀬は酒場で働く健全な市民で、無法者として動くにはあまりにも誠実すぎた。
無法者の貯まり場である酒場で、ごく普通に働いている彼に遠慮するのもどうかと思うが、銃を見せることすら躊躇われる。
汚れていないのだ。今時珍しいほどの、純朴な男である。
だから、とでも言うのか、太一が長瀬の勤めている酒場に銃を持ってくる日は、限られる。
「仕事ッスか?」
「うん。強盗」
「へー。強盗」
長瀬は世間話に軽く言い流した。
が、すぐにがばりと振り向いた。
「は!? ちょっと……強盗って何スか!? 強盗って!」
「何って?」
「ダメです!!」
長瀬は怒声で叫んだ。カウンター向かいに身を乗り出す。
大柄な彼だから、割と背丈の高いカウンターであるにも関わらず、易々とそれを抱え込む。
太一も、さすがに身体を斜めに傾けて引いた。
(床に打ち付けの椅子なので、身体の位置を変えるしかないのだ。)
「な……何でだよ」
「強盗なんてダメ! 凄ェ危ないじゃないッスか! 捕まったらどうするんスか!」
「いや、強盗ってゆうか……」
太一は苦笑ながら、身体を起こす。
「どっちかって言うと奪取。区長のジジイがね、住民税を水増し徴収してんだよ。で、それを盗り返すだけ」
「盗り返すだけ、って……」
「当然、お前も余計に盗られてるんだぞ?」
「そりゃ、何となく判りますけど……」
太一も賞金稼ぎを生業とする、一応のプロだ。
引き受けたからには仕事を最後までこなす、モットーである。(元より、彼は頑固者でもある。)
長瀬は歯痒そうに眼を細めた。彼に、太一を止める術はない。
けれど、少なくとも最低限の情報を耳に入れておきたいという思いで、急かして尋ねる。
「依頼してきた人は? 誰なの?」
「守秘義務。けど……“区長”に近いところに居る人物、ってとこかな」
「そういうのって、保安部は何とかしてくれないんですか?」
「保安部を仕切ってるのは区長だぞ?」
矢継ぎ早に答えられて、黙り込む長瀬が眉をひそめる。
「太一くんじゃなくても良い」
恨みがましく発した独り言は、誰に当てるでもない非難である。
「他に誰が出来る?」
太一が真面目に聞いてくる。
その眼は、経験と技術に裏付けされた確固たる自信に満ちている。
長瀬は半ば唖然と、その眼を見返してしまった。
「俺なら出来る」
自信家すぎる。
背景を知らなければ、その一言で片付く彼の性分。
単に無法者というよりかは、やっぱり“銃士”の名が相応しい、そんな賞金稼ぎ。
この街、D1区に、銃士は一人もいない。
保安部の最大の拠点でもあるD1区は、彼らの強硬な保守体制によって、歯向かう輩をことごとく締め出した、絶対君主的な街なのだ。
表向きには、平穏だと見えるだろう。そう、恐ろしいほどに精密に、平穏を装っている街。
裏を返せば、などという話は、列挙するまでも無い。
ここで派手な行動を起こす無法者など、自殺志望か、自身過剰か、はたまた単なる愚か者でしかない。
ほんの一部、本当の腕を備える銃士を除いては。
「それも……そうッスね」
長瀬も、結局うなずいてしまっていた。
不安、という気持ちは五分、十二分にある。
無法の賞金稼ぎに、危険でない仕事など回って来ないのだ。
ましてや、今回は相手も悪い。
相手が悪い、その言葉を何度心の中で口にしたか、数えられない。
その度に長瀬は大声出して引き止めるのに、太一は黙って、時には笑って網目をすり抜けて、いつの間にか仕事をこなしてしまう。
長瀬はいつも、全て終わってしまってから、何の気なしに記帳してもらった銀行口座の残高が増えていることに気が付く。
どこまでも“魔術師”である。
言い得て妙な文句だ。長瀬は、太一をそう分析している。
どんな難題をぶつけられても(たぶん裏では、ものすごい準備周到なんだろうけれど)、太一が引き受けるのなら、全部、大丈夫な風に思えてきてしまう。
きっと大丈夫だろう。
長瀬はそこで、太一を心配することについての考察を終わらせた。
もっとも、“魔術師”がしくじるなんて万に一つ、この荒野に雪か霰かでも降ってくるかの確率でもって、有り得ない。
考えられなかった。
まさか、その万に一つが、今日に限って起ころうとは。
長瀬が、静かに言い放った。怒りを抑え込んでいることは、一目瞭然であった。
真夜中過ぎの砂塵が、窓ガラスを細かく叩く。
太一は銃の手入れを止めた。
両者とも目を合わせようとしない。苛立っているから、ではない。
「……俺の実家、結構でかい農場だったんだけど」
少しの沈黙のあと、ようやく繋いだ会話に、太一は再び手入れを始める。
長瀬が不信げな横目で見やる背中の向こうで、薪が一本、火の粉を舞わせて弾ける。
「軍用地になるから売れって言われた。安い地代でね。農場だぜ? 土地が無くなったら生活できない」
「……売った、の?」
「いや。けど、農場主だった親父が“都合良く”火事で死んでね」
太一は、その根本的な原因を明かさずに続ける。
「持ち主がいないなら、って結局買収された。法律ってのは、便利に出来てる」
「……」
長瀬がゆっくりと顔を向ける。
「法で取られたもんは、法で取り返してやろうってね」
「……ごめんなさい」
まるで反射的に、長瀬は謝っていた。色々なことに対しての謝罪だった。
長瀬自身にも整理できない罪悪感で、太一に、その全てが伝わったとは思えなかった。
「何で謝るんだよ?」
「オレ、偉そうなこと言って」
「何で? お前が言ってることは正しいんだよ。お前は、こんな風になるなよ、ってこと」
長瀬は眉根を寄せる。
泣きたくなってきた。
「オレも。賞金稼ぎになろうかな」
だんまりが続くのが嫌で、ぽつりともらしてみた密かな夢を、太一は大袈裟に笑い飛ばす。
「ばぁか。100万年早い」
そう冗談めかして笑った顔が、かつて無いほどに優しくて。
最後まで長瀬には、彼が無法者だと、信じるに足る理由を探すことが出来なかったのだ。
荒野のダブルトリガー
D1区の酒場(と言うと無法者の溜まり場と化してしまう今日、軽食屋とでも言い直しておこうか)に、奇妙な沈黙が流れて、2秒ほど留まっている。ぱちぱち、と窓ガラスを叩くのは雨ではなく、強風に舞い上がる細かい砂。
数日雨が降っていないので、荒野の重たい砂粒も、乾いて風に浚われやすくなっている。
おかげで、D区周辺は軽く水不足気味である。
そんな時事はともかくとして、客一名のみの軽食屋は、この辺で沈黙状態が11秒続いている。
事の始まりは、長瀬の出所のわからない思いつきであった。
「太一くんって、“銃士”ですよね!」、と得意げに話してみせた、与太知識であった。
さて、15秒経過して、ようやく太一は首を傾げるという反応を取る。
「じゅうし?」
「東の方では銃を使う戦士のことを、銃士って言うんだって」
「なんだそりゃ……別にいいよ、フツーの賞金稼ぎで」
「えー? かっこいいと思うけど“銃士”」
いつからか、長瀬は賞金稼ぎ見習いと称して、太一にくっついて行動していた。
弟子だ、助手だと言い張っている。
太一の側にしてみれば、何か教えてやったようなことは別段無い。教えてやるつもりも、毛頭無かった。
長瀬は酒場で働く健全な市民で、無法者として動くにはあまりにも誠実すぎた。
無法者の貯まり場である酒場で、ごく普通に働いている彼に遠慮するのもどうかと思うが、銃を見せることすら躊躇われる。
汚れていないのだ。今時珍しいほどの、純朴な男である。
だから、とでも言うのか、太一が長瀬の勤めている酒場に銃を持ってくる日は、限られる。
「仕事ッスか?」
「うん。強盗」
「へー。強盗」
長瀬は世間話に軽く言い流した。
が、すぐにがばりと振り向いた。
「は!? ちょっと……強盗って何スか!? 強盗って!」
「何って?」
「ダメです!!」
長瀬は怒声で叫んだ。カウンター向かいに身を乗り出す。
大柄な彼だから、割と背丈の高いカウンターであるにも関わらず、易々とそれを抱え込む。
太一も、さすがに身体を斜めに傾けて引いた。
(床に打ち付けの椅子なので、身体の位置を変えるしかないのだ。)
「な……何でだよ」
「強盗なんてダメ! 凄ェ危ないじゃないッスか! 捕まったらどうするんスか!」
「いや、強盗ってゆうか……」
太一は苦笑ながら、身体を起こす。
「どっちかって言うと奪取。区長のジジイがね、住民税を水増し徴収してんだよ。で、それを盗り返すだけ」
「盗り返すだけ、って……」
「当然、お前も余計に盗られてるんだぞ?」
「そりゃ、何となく判りますけど……」
太一も賞金稼ぎを生業とする、一応のプロだ。
引き受けたからには仕事を最後までこなす、モットーである。(元より、彼は頑固者でもある。)
長瀬は歯痒そうに眼を細めた。彼に、太一を止める術はない。
けれど、少なくとも最低限の情報を耳に入れておきたいという思いで、急かして尋ねる。
「依頼してきた人は? 誰なの?」
「守秘義務。けど……“区長”に近いところに居る人物、ってとこかな」
「そういうのって、保安部は何とかしてくれないんですか?」
「保安部を仕切ってるのは区長だぞ?」
矢継ぎ早に答えられて、黙り込む長瀬が眉をひそめる。
「太一くんじゃなくても良い」
恨みがましく発した独り言は、誰に当てるでもない非難である。
「他に誰が出来る?」
太一が真面目に聞いてくる。
その眼は、経験と技術に裏付けされた確固たる自信に満ちている。
長瀬は半ば唖然と、その眼を見返してしまった。
「俺なら出来る」
自信家すぎる。
背景を知らなければ、その一言で片付く彼の性分。
単に無法者というよりかは、やっぱり“銃士”の名が相応しい、そんな賞金稼ぎ。
この街、D1区に、銃士は一人もいない。
保安部の最大の拠点でもあるD1区は、彼らの強硬な保守体制によって、歯向かう輩をことごとく締め出した、絶対君主的な街なのだ。
表向きには、平穏だと見えるだろう。そう、恐ろしいほどに精密に、平穏を装っている街。
裏を返せば、などという話は、列挙するまでも無い。
ここで派手な行動を起こす無法者など、自殺志望か、自身過剰か、はたまた単なる愚か者でしかない。
ほんの一部、本当の腕を備える銃士を除いては。
「それも……そうッスね」
長瀬も、結局うなずいてしまっていた。
不安、という気持ちは五分、十二分にある。
無法の賞金稼ぎに、危険でない仕事など回って来ないのだ。
ましてや、今回は相手も悪い。
相手が悪い、その言葉を何度心の中で口にしたか、数えられない。
その度に長瀬は大声出して引き止めるのに、太一は黙って、時には笑って網目をすり抜けて、いつの間にか仕事をこなしてしまう。
長瀬はいつも、全て終わってしまってから、何の気なしに記帳してもらった銀行口座の残高が増えていることに気が付く。
どこまでも“魔術師”である。
言い得て妙な文句だ。長瀬は、太一をそう分析している。
どんな難題をぶつけられても(たぶん裏では、ものすごい準備周到なんだろうけれど)、太一が引き受けるのなら、全部、大丈夫な風に思えてきてしまう。
きっと大丈夫だろう。
長瀬はそこで、太一を心配することについての考察を終わらせた。
もっとも、“魔術師”がしくじるなんて万に一つ、この荒野に雪か霰かでも降ってくるかの確率でもって、有り得ない。
考えられなかった。
まさか、その万に一つが、今日に限って起ころうとは。
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でも太一さんのはシングル(タイトル意味無し)