「――あいつらだ!」
通りすがりの酒場の見知らぬ誰かが、そう叫んだ。
「文句ならウチのリーダーに言えっての。入ろうって言ったのはあの人だろ」
二人が向かい合って溜め息を落とした丸いテーブルには、まだ手の付けられていない食事が並んでいる。
「……呑気に食事もできんなぁ」
「「誰のせいだよ!」」
見事重なった痛烈なつっこみ、勢い良く立ち上がった拍子に倒れた椅子ふたつ。
これが合図となった。
汚い野次を口々に、近隣を根城にする無法者たちが、一斉に武器を構える。
銃剣を手に真っ先に飛び込んでくる男に向かって、太一が投げつけたビール瓶が派手に砕けた。
「邪魔!」
山口が開口一番、ちんぴらとテーブルとを、まとめて足で蹴り上げる。
軽い銃弾は、盾代わりとなったテーブルに溝を作った程度で済んだが、食事の皿たちは出来立ての夕飯もろとも、むなしく床に散らばる。
「あーあ……せっかくのディナータイムが。ごめんねマスター、食事代払うわ」
「ああ……構わないよー、こういうの慣れてるから」
カウンターのベストな位置に背を預けて隠れる、酒場のマスター。
なるほど、慣れているとは言いえて妙で、良く見れば、酒場のあちこち、所々が真新しい木板で継ぎ接ぎだらけ。
それでも、苦笑が混じるほどの余裕はあるらしい。
「店、壊されるのは、勘弁なんだけど……」
「あっちの人たち無駄弾撃ちすぎなんだもん! これ店壊れるの仕方ねーわ」
「……あ、そう」
太一があっさりと口を挟んだ当然の分析結果に、マスターの悲しそうな笑顔が付いてくる。
横目に、反撃の隙を窺う山口だが、なかなか発破音が鳴り止まない。
「……この辺の一味って、党派争い中じゃなかったか?」
割合と統率された銃撃戦を仕掛けてくるのだ。
数で劣るとやりにくい。
山口が舌打ちすると、マスターの応答が投げかけられる。
「最近、隣地区の一匹狼が決着つけたらしくてね。凄腕だって話」
「隣……って言うとB2区?」
「えーと、確か”坂本”って名前だったかな」
何だか聞いたことあるような、と、さして興味なさそうに記憶を辿る太一だったが、
直後、愛銃を取り落としそうになってまで、はたと気がついた。
「あー! だいぶ前に、リーダーに敗けたヤツだ!」
テーブルに一人取り残され、びしびしと突き刺さる無数の視線。
城島の肩が、迫り来る戦慄にびくりと、大きく振れる。
「……リーダー?」
「まさか知ってて、この町来たってことは……無ぇよな?」
「ちょ……いやまさか、なぁ! 待て山口、銃口の向きが違う!」
洒落にならない状況に、城島が激しく慌てる一方で、無法者一味と無法者との間に挟まれる、一般ちんぴらはうろたえるばかりである。
内輪もめを掻い潜り、我先にと、武器を持つ輩に群がってくる。
テーブルの影にこじんまりと身構えた太一のところにも(否、そこにのみ)、次から次へと、無法者共が押し寄せてくる。
「あーこらッ! 俺のレミちゃんに触んな!」
「……太一、いーかげんその、銃に名前付けるの……やめん?」
しかも太一が“レミちゃん”と呼ぶ銃火器は、およそ愛称にふさわしくない、全長1mを超える回転式の散弾銃なのである。
せめて見合った名前を付けたら良いのに、と城島がこっそりつぶやくのを背に、太一は酔っ払いから死守した通称・レミちゃんのセーフティを、素早くその場で放つ。
「おわ、危ねッ!……太一、狭いとこで撃つな!」
「山口くんなら避けてくれるでしょ?」
「バカ! 避けれるか!」
と、その非難を真っ向から砕くショット一発が、今まさに彼を後ろから狙っていた大男に命中し、山口は肩をすくめる。
散弾銃をこの限られたフロアで、一般人に掠りもさせない太一の技術も相当なものだが、もっとも、山口の精密極まりない速射に勝る武器は無い。
すっかり壕と化したテーブル壁の合間を、まさしく的の急所のみを狙って撃ち抜く正確さ。
「無駄弾撃つなや、ふたりともー」
「……はいはい」
「まかせとけって」
軽く言いやった山口が、短く息を吸い、間髪入れずトリガーを引く。
着実に敵数を減らしてはいるものの、切れ間無く飛んで来る大量の銃弾雨。
首を引っ込めては、思わず変わりようの無い残弾を数えてしまう悲しい性が、染み込んでいた。
「てゆーか……たまには弾代、気にしないで撃ちてぇよな」
「ま、ぼくらは家庭的がモットーのガンマンやから」
「そんなガンマンやだよ」
(弾代をケチるリーダー・城島の元に集ったガンマンたち、合言葉は一発必中である。)
「リーダー、流れ弾に当たんないでよね」
「おー」
呑気に手を振ってみせる城島は、腰に下がったホルスタの革にすら、手をかけない。
だが、山口と太一は、それを気にした様子も無い。
知っているのだ。
彼が銃を手にするのは切迫した身の危険が急き立てるときか、明確に打ち抜く的を定めているときか、そのどちらかだけで、そんな日には、半径20m、人っ子一人立てなくなる、という恐ろしいかな真実。
「リーダーが銃持たないうちに片付けないと、でしょ?」
「……まったくだな」
二人は改めてコトの次第を確認、互いに大きく頷き合うと、銃をしっかと構えやった。
一瞬の間の後に、再び激しい銃撃戦が起こる。
さて、そんな戦場。
ぽつんと、店のほぼど真ん中に無傷で残る、椅子と、城島。
さながらフライングゲームのように、頭上をライフルやら拳銃やらの弾が飛び交っている中、
「やれやれ、血気盛んやなぁ」
城島は独り黙々と樽カップを傾ける。
その眉間にコンと、硬い金属が突き付けられた。
「……ん?」
横寝かせの銃口が城島を捉えた。
距離はわずかに数p、外しも避けも出来ないだろう。
勝った、間違い無くそう思ったはずのにわかガンマンが、逆に震えだすのは時間の問題であった。
「……ねぇ山口くん」
「……何も言うな、太一。あ、マスター。ここ地下蔵ってある?」
二人のチームメイトがそそくさと避難準備にかかり出す最中、この、あまりにも唐突な銃弾の雨上がり。
しんと静まり返った一陣の冷たい風が、室内を吹き抜けた。
薄く笑った口元で、城島が静かに振り向いていく。
さながら地獄の番犬のようであった(運良く生き残った男の後日談)。
男は口角引きつったまま、だが銃を下ろさないでいると、
城島は「マスター」と声を挙げてから、それからふいに、左手でカップを掲げた。
「酒を一杯」
通りすがりの酒場の見知らぬ誰かが、そう叫んだ。
荒野の15分
「ちょっと……俺らって一日中こんな状況なワケ?」「文句ならウチのリーダーに言えっての。入ろうって言ったのはあの人だろ」
二人が向かい合って溜め息を落とした丸いテーブルには、まだ手の付けられていない食事が並んでいる。
「……呑気に食事もできんなぁ」
「「誰のせいだよ!」」
見事重なった痛烈なつっこみ、勢い良く立ち上がった拍子に倒れた椅子ふたつ。
これが合図となった。
汚い野次を口々に、近隣を根城にする無法者たちが、一斉に武器を構える。
銃剣を手に真っ先に飛び込んでくる男に向かって、太一が投げつけたビール瓶が派手に砕けた。
「邪魔!」
山口が開口一番、ちんぴらとテーブルとを、まとめて足で蹴り上げる。
軽い銃弾は、盾代わりとなったテーブルに溝を作った程度で済んだが、食事の皿たちは出来立ての夕飯もろとも、むなしく床に散らばる。
「あーあ……せっかくのディナータイムが。ごめんねマスター、食事代払うわ」
「ああ……構わないよー、こういうの慣れてるから」
カウンターのベストな位置に背を預けて隠れる、酒場のマスター。
なるほど、慣れているとは言いえて妙で、良く見れば、酒場のあちこち、所々が真新しい木板で継ぎ接ぎだらけ。
それでも、苦笑が混じるほどの余裕はあるらしい。
「店、壊されるのは、勘弁なんだけど……」
「あっちの人たち無駄弾撃ちすぎなんだもん! これ店壊れるの仕方ねーわ」
「……あ、そう」
太一があっさりと口を挟んだ当然の分析結果に、マスターの悲しそうな笑顔が付いてくる。
横目に、反撃の隙を窺う山口だが、なかなか発破音が鳴り止まない。
「……この辺の一味って、党派争い中じゃなかったか?」
割合と統率された銃撃戦を仕掛けてくるのだ。
数で劣るとやりにくい。
山口が舌打ちすると、マスターの応答が投げかけられる。
「最近、隣地区の一匹狼が決着つけたらしくてね。凄腕だって話」
「隣……って言うとB2区?」
「えーと、確か”坂本”って名前だったかな」
何だか聞いたことあるような、と、さして興味なさそうに記憶を辿る太一だったが、
直後、愛銃を取り落としそうになってまで、はたと気がついた。
「あー! だいぶ前に、リーダーに敗けたヤツだ!」
テーブルに一人取り残され、びしびしと突き刺さる無数の視線。
城島の肩が、迫り来る戦慄にびくりと、大きく振れる。
「……リーダー?」
「まさか知ってて、この町来たってことは……無ぇよな?」
「ちょ……いやまさか、なぁ! 待て山口、銃口の向きが違う!」
洒落にならない状況に、城島が激しく慌てる一方で、無法者一味と無法者との間に挟まれる、一般ちんぴらはうろたえるばかりである。
内輪もめを掻い潜り、我先にと、武器を持つ輩に群がってくる。
テーブルの影にこじんまりと身構えた太一のところにも(否、そこにのみ)、次から次へと、無法者共が押し寄せてくる。
「あーこらッ! 俺のレミちゃんに触んな!」
「……太一、いーかげんその、銃に名前付けるの……やめん?」
しかも太一が“レミちゃん”と呼ぶ銃火器は、およそ愛称にふさわしくない、全長1mを超える回転式の散弾銃なのである。
せめて見合った名前を付けたら良いのに、と城島がこっそりつぶやくのを背に、太一は酔っ払いから死守した通称・レミちゃんのセーフティを、素早くその場で放つ。
「おわ、危ねッ!……太一、狭いとこで撃つな!」
「山口くんなら避けてくれるでしょ?」
「バカ! 避けれるか!」
と、その非難を真っ向から砕くショット一発が、今まさに彼を後ろから狙っていた大男に命中し、山口は肩をすくめる。
散弾銃をこの限られたフロアで、一般人に掠りもさせない太一の技術も相当なものだが、もっとも、山口の精密極まりない速射に勝る武器は無い。
すっかり壕と化したテーブル壁の合間を、まさしく的の急所のみを狙って撃ち抜く正確さ。
「無駄弾撃つなや、ふたりともー」
「……はいはい」
「まかせとけって」
軽く言いやった山口が、短く息を吸い、間髪入れずトリガーを引く。
着実に敵数を減らしてはいるものの、切れ間無く飛んで来る大量の銃弾雨。
首を引っ込めては、思わず変わりようの無い残弾を数えてしまう悲しい性が、染み込んでいた。
「てゆーか……たまには弾代、気にしないで撃ちてぇよな」
「ま、ぼくらは家庭的がモットーのガンマンやから」
「そんなガンマンやだよ」
(弾代をケチるリーダー・城島の元に集ったガンマンたち、合言葉は一発必中である。)
「リーダー、流れ弾に当たんないでよね」
「おー」
呑気に手を振ってみせる城島は、腰に下がったホルスタの革にすら、手をかけない。
だが、山口と太一は、それを気にした様子も無い。
知っているのだ。
彼が銃を手にするのは切迫した身の危険が急き立てるときか、明確に打ち抜く的を定めているときか、そのどちらかだけで、そんな日には、半径20m、人っ子一人立てなくなる、という恐ろしいかな真実。
「リーダーが銃持たないうちに片付けないと、でしょ?」
「……まったくだな」
二人は改めてコトの次第を確認、互いに大きく頷き合うと、銃をしっかと構えやった。
一瞬の間の後に、再び激しい銃撃戦が起こる。
さて、そんな戦場。
ぽつんと、店のほぼど真ん中に無傷で残る、椅子と、城島。
さながらフライングゲームのように、頭上をライフルやら拳銃やらの弾が飛び交っている中、
「やれやれ、血気盛んやなぁ」
城島は独り黙々と樽カップを傾ける。
その眉間にコンと、硬い金属が突き付けられた。
「……ん?」
横寝かせの銃口が城島を捉えた。
距離はわずかに数p、外しも避けも出来ないだろう。
勝った、間違い無くそう思ったはずのにわかガンマンが、逆に震えだすのは時間の問題であった。
「……ねぇ山口くん」
「……何も言うな、太一。あ、マスター。ここ地下蔵ってある?」
二人のチームメイトがそそくさと避難準備にかかり出す最中、この、あまりにも唐突な銃弾の雨上がり。
しんと静まり返った一陣の冷たい風が、室内を吹き抜けた。
薄く笑った口元で、城島が静かに振り向いていく。
さながら地獄の番犬のようであった(運良く生き残った男の後日談)。
男は口角引きつったまま、だが銃を下ろさないでいると、
城島は「マスター」と声を挙げてから、それからふいに、左手でカップを掲げた。
「酒を一杯」
It Continues...?
リーダーの銃はブラックホークなのです。かっくいー!(異次元)