SPECIAL TITLE

(Behind the Fairy Tale)
 夕刻の終わり。すっかりと傾いた陽が、夜闇と月光に取って代わろうとする時間帯。

 ヨロズヤギルドの受付窓口で、シゲル・ジョウシマは依頼票の整理を行っていた。
 一般依頼の受付窓口は、つい先ほど閉めたところだ。
 フロア内ではシゲルの他に、経理を担当する古株の男性職員と、若い女性アルバイト、計三人が終業の業務に勤しんでいる。
 この時間に、新規依頼票の確認に来るヨロズヤはさすがにいない。
 本部が開かれている業務時間内ならば、いつ訪れても別に問題はないのだが、大体のヨロズヤは依頼に更新がかけられる早朝を選ぶことが多い。
 受注しやすくコストパフォーマンスの良い依頼は当然人気があり、ヨロズヤたちの間で争奪戦になるからだ。
 必然的に売れ残っていくのは、難度が高く見返りも少ない依頼。
 だが、本当に助けを求めている人の依頼こそ、“売れ残り”に該当してしまう。
 シゲルが窓口業務に下りている時の日課は、こうして売れ残る依頼を少しでも減らしていくために、受注ランクや報酬の見直しを逐一行うという、大変に地味な作業であった。
1st contact --- 1.
「――すみません。今日は、一般の受付は終了してしまったんですが……」

 女性アルバイトの謝罪の声に、シゲルが手を止める。
 急を要する仕事の依頼だろうか。顔を上げてエントランスを窺う。
 てっきり一人かと思っていたが、依頼人の客は三、四人の集団であった。
 掃き掃除をする女性の制止を振り払うように、早足で窓口へ近づいてくる。

 シゲルは、苦慮する女性アルバイトの視線を受けて、目配せした。
 先頭は恰幅の良い商人風の男。どうやら彼が依頼者で、あとの数人は軽装であったが各々帯剣しているところを見ると、私兵か用心棒であるらしい。
 複数の赤茶けた顔と、木綿のターバンから染みる塩の空気で、シゲルは、彼らの内、何人かが船員であることを覚った。

「今晩は。仕事の依頼でしょうか?」
「夜分遅くに失礼。探し物を頼みたいのだが」

 無遠慮に乗り込んできた図体の割に、口調は落ち着いている。

「急ぎでお願いしたい。今朝方、リュリトでも依頼を掛けたのだが、こちらの本部の方がヨロズヤは充実していると聞いたのでね」
「二重依頼ですか? 手数料が二倍になりますので、こちらで依頼を出されるのならば、リュリトの方の発注を取り消された方が良いかもしれません」
「いや、構わない。そんな暇は無いし、一刻も早く見つけ出したいのだ。人手が増やせるなら、それに越したことは無い」

 シゲルは、少し眼を見張った。
 “リュリト”とは、王都から東へ徒歩で丸一日ほど行ったところにある大きな港町の名だ。
 馬車を使っても優に半日は使う距離をわざわざ移動してきて、おまけに金に糸目を付けないと言うのだから、相当に切羽詰った依頼なのだろう。

「……では、こちらに必要事項を記入願えますか?」

 一先ずは黙って依頼手続きの記帳を準備する。
 男は慣れた手つきで記帳を進めると、報酬や依頼ランク、依頼未達の場合の処置項目まできっちりと書き込んでいた。
 依頼ランクなどは記入したところであくまで“希望する依頼ランク”であり、大抵は窓口と話し合って上限下限を決めるため、空欄にして出されることが多い項目だ。

「……これで頼む」
「確認させて頂きます。こちらで再調整が掛かる依頼ランクや報酬は、ご希望に添えないこともございますが」
「ランクはなるべく下位に設定して欲しい。とにかく人手を借りたいのでね」

 依頼の内容は、ざっくり言うと『探索』であり、『積荷の一つだったという、珍しい生物が檻から逃げ出してしまったので、捕獲して欲しい』というものだった。

 希望する依頼ランクは一番下の“黄”に設定されていた。シゲルは、ランクを“緑”に書き換えておく。
 最下位ランクとなると本当の意味で初心者向けの練習用依頼であり、低すぎてもヨロズヤたちには相手にされないからだ。
 変更に難色を示すかもしれないと、視界の端で相手の顔色を窺ってみたが、依頼人の男は気にも留めておらず、杞憂に終わった。

 加えて、シゲルを苦慮させたのは報酬の欄だ。提示された報酬が高すぎる。下位ランク向けの探索としては、異例の高額が記載されていた。
 報酬を用意するのは、この場合、依頼者本人になるので負担は出来る限り減らしたいはずだが……高額面を苦もなく記載できる依頼主、ということなのだろうか。
 シゲルの腑に落ちない点は、他にもあった。

「納期は……条件にもよりますが、この期日では少々厳しいかと思います」

 納期の欄を見ると、希望の期日は三日だった。『探索』の依頼で納期三日は、さすがに短い。

「納期の変更はできない。三日後――繊月の晩(新月の翌日)にリュリトから商船が出てしまうんだ。その積荷に間に合わせることが条件だ」
「間に合わなかった場合は、延長させて頂けますか?」
「いや。延長はしない。依頼は破棄する」

 今度こそシゲルは驚いたが、平静を装って依頼手続き票を書き進める。
 短納期の探索依頼を二重に出しておきながら、期日が過ぎたら即日破棄する、これでは完全に手数料の無駄使いではないか。
 確かに、同じ依頼が複数の支部で重複していても、個別に見合った報酬と手数料とが払われていれば、ギルド側としては何の問題もないのだが、
 『アナタの街の便利屋さん、困った時のヨロズヤギルド』をうたう民間お助け屋としては少々気が引ける、贅沢な依頼出願の仕方である。

「それから、目標物<ターゲット>の生物について、できるだけ詳細な情報を戴きたいのですが」
「そこに書いた分で全部だ。向こうの依頼手続きの際も同じ内容を書いたが、極秘の積荷だったのでね……それ以上の情報は出せない」

 おそらく、リュリトの支部でも同じやり取りを交わしたのだろう、面倒そうに顎で依頼内容の欄を指される。
 何ともそっけない。積荷に関して余計な情報を明かせない、とも受け取れる。

「……かしこまりました。では、この内容で依頼を受理させて頂きます」
「目標物を捕獲したら、リュリトの第二桟橋に停泊する商船まで直接運んで来て欲しい。三本マストのキャラックだから、すぐに分かるだろう」

 そう言うと、依頼手数料と、ほとんど払い損のような高額な報酬の前金とを、軽々と現金で提示される。
 シゲルが面食らう前に、恰幅の良い商人風の男は、その他愉快な仲間たちもとい船員風の男たちを引き連れ、さっさと建物を出て行ってしまった。
「マスター」

 エントランスの清掃をしていた女性アルバイトが、申し訳なさそうにシゲルの元に近づく。

「すみませんでした。断りきれなくて……」
「いや、ええよ。なかなか、難しい人たちやったみたいやし」

 女性の言葉に、シゲルは苦笑して返した。本心である。
 貴族お抱えの商隊か、やり手の商業船団だろうか。
 どこかの我侭貴族が珍生物を所望したが、運ぶ途中で逃げられてしまい、商人たちが血眼で探し回ってはいるが、見つからなかったら諦めてそれまでだ、と言わんばかりの雰囲気。
 もしくは、偶然見つけた高価な珍生物を捕獲したが、買い手が決まらず、真剣には探そうとしていないのか。
 我ながら何とも不明確な分析だが、シゲルには、彼らの依頼背景にあるものを、それ以上は上手く言葉にできなかったのだ。

 ギルドは、あくまで仲介者だ。依頼者の裏にある事情など知り得ない。
 仲介手数料さえ払ってもらえれば、基本的にどんな内容の依頼でも受理される。
 それは、ヨロズヤギルドが扱う仕事の振れ幅を狭めないことを前提にしている本部の方針からなのだが、結果、実現不可能とも取れる難関な内容であっても、依頼同士が対立する内容であっても、法の網目を掻い潜る内容であっても、受理せざるを得ない実情。


 ――積荷が、珍しい生物。

 シゲルは、自らの手で作成したばかりの依頼票を、穴が明くまで眺めていた。
0. PREV ← → NEXT 2.