1st contact --- 4.
床が不規則に軋む音で、ナガセは目を覚ました。――……どのくらい寝てた?
眠気覚ましの自問は、鋭敏になった感覚に即座に打ち消される。
途端に、剥き出しの手首の傷が疼き出した。食い込んだ鎖を無理に引きちぎったために抉れたような切創となり、空気に触れるだけで裂くような痛みが走る。
――マジで痛いし眠いし、
これは血ではなく土汚れだ、と自分に言い聞かせ、弱気を振り払って周囲に耳をそばだてる。
周囲の気配を察する耳だけは常に覚醒しているせいか、眠りが半端に浅すぎた。
こんな時には、自らの身体がありがたくもあり、恨めしくもある。
ほんのわずかではあるが休息を取ったはずなのに、疲労感はむしろ増しているようにさえ思える。
窓枠から差し込む月光の角度は、ナガセは廃屋に足を踏み入れた時とさほど変わっていないように見えた。
――腹減るし。
限界を訴えていた空腹感は、多少は治まっていた。
この空き家を見つける途中に出くわした旅人が、慌てて落としていった申し訳程度の保存食を頂戴して埋めた分だ。
とは言え、当面の大きな問題は解決できそうになく、いまだ順調に腹も減りつつけていた。
――あぁもう最悪……オレって燃費悪ぃんだよな。
苦々しく思いつつも、ゆっくりと上体を起こし、細く落ちる月明かりの向う側を注視する。
音の出所を見極めようとしたのだが、歩幅に合わせて沈む床板の軋みは、気づけばもうすぐそこまで近づいてきていた。
隙間風の作る音ではない。明らかに侵入者の気配だ。
――追手?
全身の筋肉に緊張が走る。
手負いの身であれ、この場を振り切ることはできるだろう。しかし、街中に入り込むわけにはいかない。
騒ぎになれば街の警ら隊が駆け付けるだろうし、囲まれればさすがにナガセの脚でもっても逃げ切れる自信はなかった。
現時点で、ナガセはあらゆる意味で部外者だ。見つかってしまったら、夜の平原に放り出されてもおかしくない。
この空き家に避難する間にも、高い草陰からいくつも魔獣の瞳がナガセを捉えていた。
襲われなかったのは、単に奇跡としか言い様がない。
せめて、陽が昇り、もう一度沈み、体力が回復するまでは留まりたかった。
――……一人だけなら、何とかできるか……?
ナガセは恐ろしくも冷静に、口封じの算段を巡らせる。
徐々に暗がりから近づいてくる姿は、人の形をしている。
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