ハーモニーホールふくい~泰澄寺コース
ルート (3.2Kコース) | |
ハーモニーホールふくい⇒(1.5K)幽霊墓⇒(500M)あさむつ橋⇒(200M)明治天皇浅水ご休憩所⇒(1K)泰澄寺 | |
ハーモニーホールふくい(福井県立音楽堂) |
|
開 館 平成9年9月に当地区、今市町地係に竣工した。 今市に落ち着くまでには紆余曲折があったが、大小二つのホールを備えた偉容は少し高みに上がればどこからでも眺めることができる |
|
大ホール 「シューボックス型」1456席ゆったり寸法の座席 車椅子専用スペース10名豪華なシャンデリア |
|
小ホール リサイタルホール側面に音響変化装置 スーパープロゼクタを用いた大画面 |
|
リハーサル室 大ホールに隣接本番前の調整120名ア |
|
展示ギャラリー 福井県特産ハープとマリンバの展示 |
幽霊墓 | |
足羽高校の山すそにある。 |
|
(伝 説) 昔、安保町の近くに代々あと継ぐ子どもに恵まれない家があり、嫁を迎えて待望の子が宿ったが、難産で嫁は亡くなってしまった。 安保山のふもと、餓鬼ケ原というところに葬ったのだが・・・・ そんなある日のこと、浅水二日町に大和屋に夜な夜な飴を買いに来る婦人があるので、不思議に思いひそかに後をつけると墓のところで消えてしまった。村人は住職に話し、墓穴を掘ってみれば丸々とした児がいたので連れて帰り育てた。 この児は成人して高僧になったという。 この墓を幽霊墓と称し、安保町地籍にある。安産守護の墓として参詣している。 | |
あさむつ橋 | |
越にきて富士とやいはん角原の文殊が岳の雪のあけぼの |
|
平安時代、西行法師が、この橋のたもとで文殊山を望んでこの歌を詠んだのが朝六つだったので、「朝六つ橋」と呼ばれるようになったといわれている。 当時の橋の長さは13間(約24m)幅2間(3.6m)で、雨水期の増水時には住民が力を合わせてこの橋の流失を防いだと言われている。 | |
明治天皇浅水ご休憩所 | |
明治天皇が北陸巡幸されたおり、明治9年10月8日、浅水二日町池田弥織宅で休憩をおとりになられた。このとき、岩倉右大臣はじめ品川内務大書記官、大隈参議、井上参議ほか、従者、護衛あわせて798人、乗馬116頭がお供をしていたと記録にある。 | |
泰澄寺 | |
霊亀2年(716年)夢のお告げにより、白山を開こうと赴く時、父母孝養のために自ら刻まれた自像を安置し、生家を寺院として開かれたのが三十八社町の泰澄寺である。
泰澄大師は、世に越の大徳といわれ、福井県のほか各地で仏教をひろめ民衆の教化に努め、民衆の為に献身的に働かれた人である。
泰澄寺所有の「木造僧形坐(ざ)像」が2009/6/1日、福井市教育委員会によって、市指定文化財に指定した 彫刻は平安時代前期に制作されたとされる。白山を開山したとされる泰澄大師が彫った像との伝承もあり、泰澄大師が活躍したとされる地域に伝来した古像として宗教史上、極めて貴重という。 |