SHORT TITLE

「スンマセン! 遅れましたぁ!!」

 一部のコアな人たちの間で、決まり文句と化している、某ロックバンドグループ某ボーカルの名セリフは、次の瞬間に異次元へ飛んだ。
無一文
「あー! びっくりした! すげぇびっくりしたぁ!
 今、あの、今日、ウチの前で道路工事やっててねー!
 上の棚がガタンガタン揺れるからえー何ー?って思ってたらコップ割れちゃって!
 えー! めちゃくちゃ気に入ってたコップだったんスよ! 
 オレの朝の友だったんスよ! 赤い透明なヤツ、コップ!
 カラス……じゃない、琉球ガラス! 朝一はコップ1杯の水飲むのが日課だったんスよ! 
 昨日から! もーすげぇへこむし! 早速、日課中断ッスよ!
 悔しいからムカついて、もうコップいいからミネラルウォーター買ってこようと思って!
 ケンカしたんですよ、オレたちは! 水道水の浄水機能とケンカしたんです!
 コンビニ行ったら、なのに、いつも行くとこが潰れてたんですよ!
 さおだけ屋は潰れないんじゃないの!? あれ何でなの!? 繁盛してたのにー!
 仕方ないから、もう遠くのコンビニ行こう、ってなって!
 すぐ煙草買って帰ろうとしてたら、途中で、おじさんに呼びとめられたんですよ!
 先生、って呼んできたんスよ! 何、先生、って! どこの先生だよ! 
 そのおじさんね、すげぇよ! 今時、あんだけ立派なハゲの人いないよ!
 タマネギの薄皮みたいだったもん! 何て言うかスダレ、じゃない、バーコード!
 近くに駅があるところだったんだけど、もうね、その人、そのおじさん、
 ついさっき、じゃない、だいぶ前、終電に乗り遅れちゃったらしくて!
 徹夜組ですよ! 帰るまでのタクシーの運賃が足りなかったの! 初乗りあと30円!
 泊まれば良いのに、どっかのマンガかよ、って展開でしょー! 
 何かもうあんまり可哀相だったから、30円あげちゃいましたよ!
 ニュージェネレーションでしょー、オレが30円あげたんだよ! 違う、貸して上げたんだけど!
 盗人じゃないですよ! でも、もう返ってこないでしょ、フツー! そう、あげちゃったんスよ!
 ね、30円! ウマイ棒3本買えますよね! ウマイ棒の秀作はサラダ味ッスよね!
 のり塩味ってありませんでしたっけ? え、なかった? 
 はは! あの、どの辺がサラダなんだろー?って思ってたら何か駄菓子見たくなって!
 暇つぶしに、見に行ったんですよ巣鴨……嘘ですよ! 電車賃無かったし!
 フラフラしてたら、偶然あったんスよ、駄菓子コーナー!
 変ですか? え、変人っぽい? 余計なお世話ですよ!
 ほら、だって最近コンビニにもあるじゃないッスか、駄菓子コーナー! あれですよ!
 またさぁ、駄菓子とか見たら買いたくなってくるじゃないですか!
 見てるだけでも楽しいんだけど、やっぱ欲しいじゃないですか!
 無理って分かってましたよ! お金無かったんだもん! でもおばちゃんが訴えるんですよ!
 眼で訴えるんです、買って、って! でも、本当に無かったんですよ、お金!
 もうね、何とオレ、現金、あの30円で最後だったんスよ!
 やだうっそーガソリン代も無ぇじゃーんって話ですよ!
 勇気を出しましてね、オレは断りましたよ! ゴメンナサイ、お金無いんですって!
 ヨボヨボのおばあちゃんでしたよ! 無名コンビニの! そしたらね、くれましたよ、何と!
 ラムネ菓子! しかも1袋30円の! これって奇跡ですか、小っちゃい奇跡ですよね!?
 リトルワンダフルですか!? え? 分かってて言ってるワケないじゃないッスか!
 るんるんですよー! 遅刻? 違いますよ、ちょっと気分がハイなだけですから!
 練習しながら来ちゃったから、新曲の! 今日はね、もうすげぇ良いことあったんだから! 
 路上で寝てるオジサンから、駄菓子コンビニおばあちゃんまで下町の優しさを学びました!
 分かってて遅れたわけじゃないッスよ! 不幸な偶然の積み重ねなんですよごめんなさい!!」
 まず、黙った。
 とりあえず全員黙ってから、二言目を考え出していた。

 ある者は、そのつっこみどころの多量さに苦悩し持て余していたし、
 ある者は、その息も吐かせぬ長台詞に耐えた脳味噌の許容量に心にも無く感心してしまったし、
 またある者は、ことの始まりとことの終わりを繋げられず、
 ひょっとして全部真実なのかとあらぬ問答をする羽目になった。
 この間、3分。

 沈黙の3分10秒経過後、
 最年長のギター担当は、本日の日経(市場相場)から一瞬だけ目を離した。

「大変やったなぁ」

 そう言ってにっこりと微笑んで、結果、
 楽屋は妙な和やかさに包まれて、それでひとまず、終わりだったのである。
That's entertainment!
……完全に遊び唄ですね!