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灯台守
4.
 顔見知りの医者が、城島とすれ違った。

 条件反射の会釈をして、ようやく気がついた。
 城島は、病院の廊下にいる。
 足下に見慣れた乳白色の床、斜め前に自販機コーナー、携帯電話禁止の看板。

 目をやれば、何のことはない。
 そこは、城島が幾度と無く訪れている病院の、日課のように往来する病棟の廊下の、いつもの、道の途中だった。

「夢……か」

 白昼夢を見るのは、初めてだった。
 我に返って、慌てて探した時計の針は、ほんの数分前、病院に訪れた時間からほとんど動いていない。
 夢を見るほどの時間があっただろうか。

 確かに、何か起こりえないものを体験したような感覚はあるのだが、それがどんな夢だったのか、既に城島は思い出すことが出来ないでいた。
 疲れている、という自覚はあったものの、まさか幻覚に近い症状まで現れるとは。
 さすがに、少し気が滅入る。

「夢、やなぁ」

 忘れてしまえるくらいに、単純でオリジナリティの無い白昼夢だったのだろう、城島は、すぐに思い出すことを放棄していた。

 城島が生きる世界は、いつだってリアルだ。夢の中にはない。
 そう思い知らされて、自虐的に笑ってしまう。
 まるで、今の自分を、自分で、背中から後押しするようだった。

 右の手のひらを眺める。
 ほんのり赤みを帯びた指先は、暖かさを覚えている。

 とりあえず歩き出した。
 やはりいつもの病室までのルートを、同じ速度で歩く。
 病棟まで続く等間隔な光が、道標のように城島を導いている。

 どれだけ遅れようが、終わりの地点に待つものは、逃げないし変わることはない。
 でも、道標が続くのは、ゴールテープの、直前までだ。
 それを切るのは自分であり、ドアを開ける手は、自分のものでなければ意味がない。

 今日は、特別な日ではないけれど、この機会を逃したら二度目はないと思った。

 城島は、病棟の一番奥の病室を目指して歩いている。
 1週間、開けることが出来なかった病室のドアを、今日こそは開けようと決意して。
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