さて、本日の松岡は、
と言うと、我にも無く上機嫌で、なおかつ鼻歌交じりで、火に掛けたフライパンを揺すっていた。
炒めているのは、程よくみじん切りされた野菜と、チャーシューの角切りである。
自分の料理人としての限界を見極めようと、試しに作ってみたチャーシューだったが、こんなに早くお披露目できる機会が来ようとは、思ってもみなかった。
嗚呼、素晴らしきかな星周り。
自然と、顔がにやけてしまう。
「……あ、ゴメンゴメン。忘れてた」
2階から下りて来た太一に指摘され、松岡は慌てて換気扇のスイッチを入れた。
仮眠を取っていたらしい彼は、寝起き全開の無造作ヘアを適当に指先でアレンジしている。
便利な単語だ、無造作ヘア。
ひとり、意味もなくつっこみを膨らませては、また顔がにやついてしまう。
何せ今日の松岡は、太一が冷蔵庫から料理用の野菜ジュースを勝手に持ち出しても、それを飲みつつ怪訝な顔でこちらの様子を眺めていたりしても、全然まったく気にならないのだ。
「……何で、お前、そんなはりきってんの今日……?」
いよいよ不信に思ったらしい太一店長が、恐る恐ると松岡の様子を窺ってくる。
「え? いやぁ……だってテンション上がるでしょ!! 中華だよ中華! いっつもサンドイッチとかトーストとかでさぁ・・・あんまりいないじゃん、喫茶店でチャーハン頼む人って」
「まぁ、喫茶店て言うと普通チャーハンじゃなくて、あってもピラフだよね」
「あぁチャーシュー作っておいて良かったー……あ、味見する? コレ」
「する」
と、太一は松岡が許可するより早く、まな板の上に載っていたチャーシューの切れ端をぱくついていた。
「美味い。うん。ラーメンに入れたい」
「あ、ちょっと! 待って、チャーハンの残り物あげるから。インスタントラーメンはダメだって!!」
太一が朝ごはん、というか仮眠後ごはんにインスタントの袋麺を開けようとしていたのを、松岡は慌てて止める。
面倒だから、と三食をお茶漬けかインスタントラーメンかで済ませてしまうような人だ。
せめて自分がいる時くらいは、きちんとした朝ごはんを取らせてあげたい。
「もー。オレがここ来る前は、ホントどうしてたの? ちゃんとした朝飯食ってた?」
松岡は、作り置いてあった中華風スープの鍋を、もうひとつのコンロに掛ける。
「……お前が来る、前?」
「太一くんのことだから、毎朝野菜ジュース1杯で済ませてたんでしょ?」
「……」
返事がない。
とは言え、寝起きすぐ、だから気に留めることは無かったのだが、松岡は何故か気にしてしまった。
「……太一くん?」
返事をうながすように、一瞬、コンロから目を離すと、こちらを不思議な面持ちで眺めている太一と、視線が交差した。
考え事でもしていたのだろうか、松岡の呼びかけに気づくと、何事も無く愛想笑いを浮かべた。
「あ……いや。ごめん、何でもない」
「うん? ……うん」
妙な間があったが、松岡はとりあえず適度に頷いて、それ以上詮索はしなかった。
聞いておけば、今この瞬間に、松岡は何処かに戻り、全てを失っていたのかもしれない。
まだ、その刻では無かった。
それだけのことだ。
かん、と突如、響いた音が一瞬の思索を吹き飛ばした。
古い造りの玄関に備え付けてある呼び鈴。
実にこのタイミングで鳴るハメになったのは、さすがと言えなくもない。
涼しくも響かない、少々心もとない鈴の音。
とは言え、今の松岡にとっては千客万来満員御礼の希望の鐘の音に聞こえていることだろう。
「いぃらっしゃいませえ!!」
「気合入りすぎだろ」
と言うと、我にも無く上機嫌で、なおかつ鼻歌交じりで、火に掛けたフライパンを揺すっていた。
炒めているのは、程よくみじん切りされた野菜と、チャーシューの角切りである。
自分の料理人としての限界を見極めようと、試しに作ってみたチャーシューだったが、こんなに早くお披露目できる機会が来ようとは、思ってもみなかった。
嗚呼、素晴らしきかな星周り。
自然と、顔がにやけてしまう。
2.
「松岡ー、換気扇」「……あ、ゴメンゴメン。忘れてた」
2階から下りて来た太一に指摘され、松岡は慌てて換気扇のスイッチを入れた。
仮眠を取っていたらしい彼は、寝起き全開の無造作ヘアを適当に指先でアレンジしている。
便利な単語だ、無造作ヘア。
ひとり、意味もなくつっこみを膨らませては、また顔がにやついてしまう。
何せ今日の松岡は、太一が冷蔵庫から料理用の野菜ジュースを勝手に持ち出しても、それを飲みつつ怪訝な顔でこちらの様子を眺めていたりしても、全然まったく気にならないのだ。
「……何で、お前、そんなはりきってんの今日……?」
いよいよ不信に思ったらしい太一店長が、恐る恐ると松岡の様子を窺ってくる。
「え? いやぁ……だってテンション上がるでしょ!! 中華だよ中華! いっつもサンドイッチとかトーストとかでさぁ・・・あんまりいないじゃん、喫茶店でチャーハン頼む人って」
「まぁ、喫茶店て言うと普通チャーハンじゃなくて、あってもピラフだよね」
「あぁチャーシュー作っておいて良かったー……あ、味見する? コレ」
「する」
と、太一は松岡が許可するより早く、まな板の上に載っていたチャーシューの切れ端をぱくついていた。
「美味い。うん。ラーメンに入れたい」
「あ、ちょっと! 待って、チャーハンの残り物あげるから。インスタントラーメンはダメだって!!」
太一が朝ごはん、というか仮眠後ごはんにインスタントの袋麺を開けようとしていたのを、松岡は慌てて止める。
面倒だから、と三食をお茶漬けかインスタントラーメンかで済ませてしまうような人だ。
せめて自分がいる時くらいは、きちんとした朝ごはんを取らせてあげたい。
「もー。オレがここ来る前は、ホントどうしてたの? ちゃんとした朝飯食ってた?」
松岡は、作り置いてあった中華風スープの鍋を、もうひとつのコンロに掛ける。
「……お前が来る、前?」
「太一くんのことだから、毎朝野菜ジュース1杯で済ませてたんでしょ?」
「……」
返事がない。
とは言え、寝起きすぐ、だから気に留めることは無かったのだが、松岡は何故か気にしてしまった。
「……太一くん?」
返事をうながすように、一瞬、コンロから目を離すと、こちらを不思議な面持ちで眺めている太一と、視線が交差した。
考え事でもしていたのだろうか、松岡の呼びかけに気づくと、何事も無く愛想笑いを浮かべた。
「あ……いや。ごめん、何でもない」
「うん? ……うん」
妙な間があったが、松岡はとりあえず適度に頷いて、それ以上詮索はしなかった。
聞いておけば、今この瞬間に、松岡は何処かに戻り、全てを失っていたのかもしれない。
まだ、その刻では無かった。
それだけのことだ。
かん、と突如、響いた音が一瞬の思索を吹き飛ばした。
古い造りの玄関に備え付けてある呼び鈴。
実にこのタイミングで鳴るハメになったのは、さすがと言えなくもない。
涼しくも響かない、少々心もとない鈴の音。
とは言え、今の松岡にとっては千客万来満員御礼の希望の鐘の音に聞こえていることだろう。
「いぃらっしゃいませえ!!」
「気合入りすぎだろ」