3.
目を爛々と輝かせる松岡店員を、太一店長はシンプルにつっこんだ。玄関のドアを半分ほど開けたところで、本日のお客様は呆気にとられて固まっている。
たぶん、完全にドン引きされている。
が、意外と肝が据わっているようで、柔和な顔立ちは崩さぬままに警戒心剥き出しで尋ねる。
「……すいません、あの、ここ喫茶店……でしょうか?」
「いらっしゃいませ、どうぞ」
客の質問をそうと悟らせない程度でスルーして、太一は営業スマイルでカウンター席を勧めた。
男性客は、それが正確な返答では無いことを察知したのだろう、躊躇いを見せる。
一瞬だった。
観念したかのように、あっさりと席に着いた。
慎重、でいてなかなかに理知的で大胆だ。
席に着いてコンマ2秒後、松岡店員は凄い勢いでお冷を提供した。
「ご注文を!! どうぞ!!」
勢いあまって、ちょっと水がこぼれた。
男性客が、店内の内装にメニュー表を探そうとしているので、太一は松岡の横から付け加えた。
「……何かお好きなものあれば、何でも。基本、メニューないんで。コーヒーでも抹茶でも、牛丼でも豚丼でも、チャーハンでも」
後半部に行くにつれて趣旨がおかしくなってきている。
御飯ものの占める割合が多すぎる気がする。
だが、今日の松岡の意気込みを無碍にするのは、さすがに可哀相だ。
「え、チャーハン? 喫茶店にそんなのあんのか?」
「ある、あるんですこれが!!」
松岡の、注文してくれと言わんばかりの身の乗り出し様に、注文しなかったらしなかったで、慌てふためくのも何か楽しそうだと不謹慎に思いながらも、太一は、その先の彼の言動に何の推測も働かせない。
男性客が、必ずチャーハンを注文すると分かっているからだ。
数秒の沈黙の後に、客はぽつりと答えた。
「……じゃそれで」
「かしこまりましたぁ!!」
松岡は、意気揚々とキッチンに走って行く。
と言っても、少々温め直すだけだ。1分ほどで戻ってくるだろうが。
男性客は、その間、店内をゆっくりと見回していた。
落ち着きなく忙しなく、といった様子ではない。
店の四隅を10秒ずつ、首回りの柔軟体操でもしているかのように確認している。
平静を装っているように見える、が、
「ま、喫茶店でもないんですけどね」
と、太一が意地悪めいてつぶやいた言葉は、聞き逃さなかった。
「……薄々、そんな感じは、してたけど、ね」
男は、ぎこちなく笑って肩をすくめる。演技だった。
さすがに、入って1分未満では、警戒信号を解いてくれそうにない。
本題に入ってしまった方が良さそうだ、と太一は判断した。
「ここは『灯火』を売るお店なんだ」
「……ともしび?」
「そう、『灯火』。後ろの棚に並んでるでしょ?」
「ああ……ランプね」
飾り棚に陳列されていたのは確かに古めかしいランプだったので、きっと彼は、ランプを売る店だ、と結論付けただろう。
だが、太一は、その間違いを正すことなく話を続ける。
「大昔から、灯火は何かの目的のために、人が点けた火なんだよ」
太一は、それほど語彙を多く持つわけではない。
かと言って、話下手なわけでもない。
人に何かを伝えるという行為自体が、苦手なのだ。
だからこそ、説明云々といった苦手科目は松岡店員に任せてきたわけだが、一応、店長という立場柄、やるべきことの理解はしているつもりだ。
「灯台、ってあるでしょ? あれはね、人が点けた灯火の最たるもの、って言うのかな。あの灯があるから、船は迷わずに港に辿り着けるし、安全に航海できる」
「まぁ、船乗りには必要不可欠だろうな」
男は、店長のちょっとした雑談だと思っているのだろう。軽く相槌を打つ。
「もっと身近なものもあるよ。例えば、信号機」
「信号機?」
「あれはね、警告の灯火」
太一はそこで言葉を切って、カウンター奥の棚に向き直る。
ガラス戸を開き、錫製のアンティークランプを一つ手に取った。
「それでアナタは、誰に警告したいの?」
客の表情は、当然背にあって見えない。
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