PRELUDE

 レーベは、城下町から街道沿いを北西に徒歩で半日。
 アリアハンの自給自足率九割を支える、農耕と牧畜を主産業にする村である。
Level 06. レーベの5人
「まきばーはみどりー♪」

 のどかな放牧草原を眼下に見渡す小高い丘の一帯に、レーベの集落は広がっている。
 即興の歌を適当に口ずさみながら、ナガセは丘へと伸びる小道を歩いている。
 機嫌が良いときに歌い出すのは、彼の88の癖の一つであった。
 (ちなみに、この場合の88とは、無限の形容である。)

「レーベには初めて来たんだっけ、ナガセ?」

 何の気なしに聞いたヤマグチだったが、答えは聞かなくとも、もう分かっている。
 アリアハン城下に暮らす子供たちが、初めて城内見学にやって来たときのはしゃぎ様に、現在のナガセはごく似ているのだから。

「村に入るのは初めて! 近くまでは来たことあったんスけど」

 ナガセの眼はつぶさに動いては、狭い田舎村を飽きずに何度も眺めている。
 同じ国内とは言え、アリアハン城下街とレーベ村とでは、環境はまるで違う。
 人の数より牛と羊とヤギの数の方が多いし、地平線の位置も低い。
 圧倒的な黄緑色を残らず体内に採り込むように、ナガセは十回目の深呼吸をする。

「どっちが田舎者かわかんねーよ」

 からかったタイチの口調もまた、楽しげである。
 どうやらレーベの村には、城下町の住人のテンションを心地よく上げる、何か癒しのような空気が流れているらしい。
 野ざらしの舗道脇に咲き乱れる春の花。
 手入れをする老婆に挨拶をすると、笑顔で会釈を返された。

「あーいいなあ、こういう雰囲気……マボは何回か来たことあるんだよね」
「おう。医者先生の薬草なんかの仕入れに付き合ったことあってさ」
「この先、ちょっと長くなるかもしれないしな……食料も補充しとかないと」

 村で唯一の商店街(のような三店舗の並び)通りに差し掛かった。ヤマグチが立ち止まる。
 パーティーの共有財産用サイフを握っているのは、一番の年長者であり金銭面に強いシゲルだ。
 実は、旅立った直後にじゃんけんで決まった財布係ではあるのだが。

「あ、それは必要経費だよね?」
「当てにせんといてな……旅費にもらったのは500ゴールドちょいや。『あとは自分らで何とかしろ』とな」
「……意外とケチな王様だよねー」

 言ってしまってから、隣のヤマグチの反応をそろりと窺うタイチである。
 彼は背後から、安心しろ冒険が終わったらばっちり伝えとくから、とかいう類のテレパシーを飛ばしていたが、タイチはとりあえず見て見ぬ振りをしておいた。
 パンドラの箱底に残る程度の希望ではあるが、冒険が終わる頃には、きっと忘れていてくれる。

「そーいえば。ちょっと前から、気になってたことがあったんスけど」

 ナガセは、ぱたと手を叩き、共有財布を間に据えたシゲルとタイチを交互に見やる。

「冒険中って、主にどうやってお金稼ぐんスか?」

 重ねて説くが、アリアハンは何の変哲も無い田舎国家だ。
 好奇心旺盛な冒険者共が惹きつけられるような魅力は、皆無と言って等しい。
 そんな国で一生を過ごして来たナガセにとって、彼ら冒険者が通常どのように旅をして生活しているか、との疑問は、若葉マーク冒険者の当然にして鋭い質問である。

 ぱちりぱちりと、ガマグチのフタを開け閉めするシゲルが、にっこり笑ったまま表情を停止させた。
 沈黙の妖精がふわふわ飛んできて、その辺で止まったのだろう。

「……」
「え、何で無言」
「ナガセ……世の中には知らない方が良いことかて、ぎょーさんあるんやで?」
「つーか何よ、その濁った目は」
「リーダー、そういえば俺、トレジャーハンターなんだよねぇ……」

 しみじみ語り、共有財布の中身を何度も確認する盗賊が一人。
 そういえば、いつの間にガマグチ、タイチの手に渡ったのだろう。
 彼の前後の行動を思い描き、マツオカ、あまりの隙の無さにちょっと身震い。

「は!? 盗むの!?」
「盗むんスか」
「ほら、冒険者って一つの街に長期滞在するわけじゃないしさ。盗んでバックればわかんない……」
「おいこら……そりゃお前の場合だろーが。ビビらすなっ」

 横から会話を中断させて、呆れ顔のヤマグチが共有財布を引っ手繰った。
 何故だか残念そうなタイチを睨み付け(仲間とは言え油断ならない奴である)、過不足ないことを確認した上で、財布を商人へ放り投げる。

「本当は、退治したモンスターの毛皮とか牙を売ったり、冒険者ギルドで遺跡探索なんかの依頼を受けたりすんだよ。ま、一攫千金を狙うなら、未開拓のダンジョンに潜るんだろうけど……」
「おーなるほど。冒険者ギルドに、そういう請負なんてあんのね」
「未開拓のダンジョンっ!? すげぇ!! そんなのあるのっ!?」

 世界各地未開拓のダンジョンと、その奥に眠る秘宝財宝。伝説と名の付く全てのおとぎ話こそが、冒険者の糧。
 冒険者生涯の夢である一攫千金を想像して、ナガセは興奮する。
 トレジャーハンターを自称するタイチや、魔法商人を自称するシゲル、そして、立派な神父を自称するマツオカも案外乗り気のようだ。

「いいねぇトレジャーハンターのロマンだよねー。海底に沈む遺跡、死火山洞窟の財宝……」
「あーゆうとこには、超古代の魔法道具が眠ってたりもするなぁ」
「遺跡ねぇ……古代神殿とかだったら興味あるかも。神器とか奉られてたりして」
「よし、頑張ろッ!!」

 おーと鬨の声を上げ、違う方向に向かって一致団結する勇者(候補)パーティー。
 一人残った良心が、遠い目でつぶやいた。

「つーかお前ら……既に真の目的を忘れてないか」

 当面の目的“レッドオーブの奪還”のためにアリアハンを旅立った五人組である、一応。
 村で唯一の食料品店にて保存食を、唯一の薬局にて薬草類を見繕った一行は、唯一の食堂で簡単な腹ごしらえを済ませた。
 白の七、八刻といったところか。洗濯物がよく乾きそうな温度と湿度、昼過ぎの太陽が眩しい頃合。
 日光浴がてら当ても無く散歩しているのかと思いきや、そうではないらしい。

「リーダー、まだ寄るところがあるんスか?」

 ナガセが前方へと声をかける。
 振り向き微笑んだのは、先頭をゆっくりと進むシゲルだ。

「もちろん。特別な“お使い”の一環やしな」

 そう言うと確かに目的を持った足取りで、シゲルは集落の小道を歩いて行く。村はずれの方角である。
 かろうじて点在していた家々がついに消え、人の気配の代わりに徐々に魔物の気配が近づきつつある草いきれ。
 昼夜を逆転させる深い森が、もう目前に迫ってこようとしている。

 どこまで行くのか、ナガセが不安になり始めてから数分。
 道なき道が、形容でなくなったところで、シゲルはようやく立ち止まった。
 森の臨界に、一軒の小屋がぽつねんと佇んでいる。

「何か小屋」
「ここ、何スか?」
「ん? ああ……マイ・別荘ってとこやな」

 別荘!
 別荘。
 別荘……
 別荘?

 意味合いの優雅だと思われていた単語が、四者四様に、今まさしく否定された瞬間である。

 まず外観からして怪しい。一面にツタが纏い付く煉瓦の壁は黒ずみ、それと言われなければ、家かどうかすらも判別出来まい。
 伸び放題の雑草は膝丈にあって、進入者を拒むかのように生い茂っているが、ボロボロの玄関では、カエルを逆さまにして槍を突き刺した呼び鈴が、誘うように翻っている。
 さながら、黒魔術の隠れ研究施設のようだ。

「ねーマボ、面白い形の鈴がある」
「見るな触るな興味を持つな。絶対呪われる」

 有無を言わさず、僧侶・マツオカは呪い返し三原則を口にする。なかなか懸命な判断である。

「……誰も住んでないなら呼び鈴いらないだろ」

 と、ヤマグチは終いにぽつりとつっこんだ。
 シゲルは聞かぬ素振りで、懐から取り出した、これまた古めかしい鍵をドアの取っ手に差し込む。
 これで一応、カギは掛かっているらしい。

「何て言うんだっけか、こういうの……人里離れた別荘、ボロ屋敷、腐れ倉庫……」
「別荘ってゆうか、幽霊屋敷?」
「あー、そう! それだ!」

 タイチのずばり適確な単語に、底辺まで貶していたヤマグチは大きくうなずく。
 そんな不毛な会話をバックに、シゲルはガタガタと乱暴に扉を揺らしている。
 家屋自体が傾いてしまったためか、ドアが軋んでなかなか動かないようなのだ。
 しばらくの格闘の後、彼は躊躇もせずに、「でや」と気合とともに足で蹴り倒した。

 ばたこん。

 蝶番が外れた。
 真正面に道を開けたドアが、玄関マット代わりである。
 ここまでしておいておかまいなし、なのだから、優雅な意味で言う別荘では絶対にありえまい。

「本当のところは、何なのここ?」

 既に、盗賊の性でもって両側の棚を物色し始めているタイチが尋ねる。
 その質問を待っていたとばかりに、シゲルは、にへーと怪しい笑みを浮かべた。

「オースト魔法道具屋専用倉庫……またの名を、僕のコレクション研究室や!」
「はあ!?」
「マジで!?」

 若年者二名が驚くのを、満足そうになだめるシゲルである。
 彼らが二重三重の意味をもって驚いていることは、気にならなかったようだ。

「あー言われてみれば闇鍋のよーな泥水煮のよーな雰囲気が、アンタの店に似てる……つーかそっくりと言えなくもないような……」
「いや店と一緒て。ここは研究室やでーマツオカ?」

 シゲルの経営するオースト雑貨店本店の、裏部屋を思い浮かべたマツオカである。
 なるほど言われてみれば、内部の家具のレイアウトが似通っている。
 来客者にとことん不親切な通路(のような隙間)と、展示スペースの余白を申し訳程度に埋めるためのリビング(らしき残骸)。

「結構、大変やったんよ? この小屋作るの。村長さんに頼み込んで置かせてもらって。禁呪で作られてるアイテムもぎょーさんあるし、危険な魔力抑えるのに……」
「ってゆか手放せ、そんなの!」
「おおー! 剣があるっカッケー!!」
「ナガセ、見るな触るな興味を持つなー!! これマジで呪われる!」

 いつのまにやら内部探索に行ってしまったナガセを、マツオカは特急で諫めるハメになった。
 その過程に到るまでにも、終始、ビクビクしながら、通路をしのび足で歩かねばならなかった。

 オースト魔法道具屋の裏部屋でも似たような魔法道具を数多く有していたとは言え、その比では無い。
 所狭しと並べられた木製の棚に、化石標本さながらに飾ってある、あるいは放置してある、モノ、物、ひょっとすると者……(は、さすがに無いか、と思いつつも信ずるに足りない)。

「何か使えそうなのあったら持ってってええよ。呪文でも使うて適当に見繕って」
「え、本当? やった! 俺、ちょっと探してくるわ」
「ソフトに扱うてな。やさしーく、卵を運ぶようにデリケートになー」

 ってゆか使えそうなのあるのか?

 ヤマグチはやはり心の中だけでつぶやく。
 もっとも、魔法に関する眼力は乏しいヤマグチなので、そこは偉そうなことは言えないのだが。
 タイチが意気揚揚と棚の間をすり抜けていくのを見送り、自分もひょいと近くの棚を覗いて見る。

「これ……全部、魔法道具なのか?」

 道具、と称するには明らかに妙な物体が、広めの間隔を置いて並んでいる。
 ヤマグチが手に取ったのは、不思議な模様の描かれた、拳大の石ころ。
 確かに、心なしか魔法道具のような感じは伝わるが、想像の域を出ない。

「お、御目が高いやんー。それは“爆弾石”言うレアもんやで」
「レアって……とても、そうには見えねぇけど」

 はたと、爆弾などと評された石を軽々しく手に持っている自分に気付き、ヤマグチは人差し指と親指で摘んで、ゆっくりとそれを棚に戻した。

「で、その“いざないの洞窟”の封印を解くカギ、ってのはどれのことなの?」
「ああ“魔法の玉”やね。それはー……っと。おお、ここやった……ん? こっちやったかなぁ……」

 と、シゲルは探していた所とは逆方向の棚の引き出しを掴み、無造作にその場に放り出した。
 ゴンゴン、がらがらと魔法道具(仮)がノンデリケートに床に散らばる。

「おい……これ、魔法道具……」
「おー、あったあった! これや“魔法の玉”! いやー数年前に作ったまま放置しとったからなぁ。埃だらけで……サビとらんかなぁ」
「……」

 俺につっこみは無理だ。マツオカ、あとは頼む。

 ヤマグチは足元に積もった得たいの知れない物体を見て、またまた心の中だけで、そんなことを思った。
 すると、突然、ぽいと“魔法の玉”らしい埃玉が投げ渡される。

「うおぃ! ソフトに扱うんだろうが!」

 慌てて両手でキャッチする。意外にも腕への衝撃は小さかった。

「心配せんでも、簡単には壊れんよー。何せ、この僕の作やからなぁ」

 ケラケラと笑うシゲルを睨みつけ、ヤマグチは出来るだけ慎重に、こびり付いた蜘蛛の巣を取り払う。金属製のようだが、見かけより大分軽い。中は空洞なのかもしれない。
 よく見ると表面に細かい模様が彫られていて、どうやら呪文のようだったが、当然ヤマグチには理解できなかった。

 シゲルは、丁度体よく散らばった魔法道具を、鼻歌交じりに選別し始める。

「つーかシゲ、アリアハン来てから性格変わってねぇ?」
「そうかあ? それ言うたら、ヤマグチかて。アリアハン来てから『呪文覚えたい』とか言い出したやん」
「ああ……それは、そうか」

 魔法は疎遠なのだ。
 ヤマグチは、魔法の才に恵まれなかった。ナガセのように気質で苦手とする問題ではなく、元来、生まれつきの素質の問題だった。どれだけ努力を重ねようが、魔法使いには決してなれない体質。
 それを知ったとき、ヤマグチはあっさりと針路を変更した。不幸だと思ったことは無い。

「意地張ってたんだよ。絶対、魔法の助けは借りねぇって。そんなの意味ねぇのにな……まぁ、今も嫌いは嫌いだけど」
「嫌いなら覚えんわ。今は違う、て?」
「アナタはどうなの」

 聞かれっ放しというのも癪に障る。ヤマグチが問う。
 埃を払った魔法の玉を、ついでに投げつけてやる。

「神殿に戻るつもりで、この旅について来たのか?」

 魔法の玉をキャッチして以降、シゲルの、魔法道具を探す手がぴたりと止まった。

「……いや。違うけど、最終的には迷うてる最中、てとこかな」
「何を迷うって」
「あー……僕がお払い箱になったら、神殿に雇ってもらおかなぁって」
「お払い箱には、しねぇだろうよ、あいつらは」

 ふいと、ヤマグチが顎で示す先、棚の影になって見えないが、そこには魔法道具を散らかして騒々しく議論する三人の男がいるはずだ。
 漫才トリオ、という単語が頭を過ぎったが、口には出さないでおいた。シゲルがその先を茶化す材料にさせたくなかった。
 正式なパーティーメンバーとしては、今朝組んだばかりの五人なのだ。
 なのに、この連帯感と、言いようの無い心地よさは何処から来るのだろう。
 支えているのは年月だけではない。おそらく、元を辿れば同じ地点にいる、偶然からだ。

「……俺は、アナタの人生は、アナタのもんだと思うけどね」
「同じこと、タイチにも言われたわ」

 吹き出したシゲルが、再び魔法の玉を放る。
 言葉と同時のキャッチボール、とことん不器用な二人である、が、今回は返球されなかった。
 いや、正しくは返球されたのだが、シゲルは受け取り損ねた。

 ごん、ぼふ。

 ヤマグチが正拳突きで魔法の玉を跳ね返したのである。
 二倍の速度を伴って、投石器さながら魔法の玉が、シゲルの巨大道具袋を直撃する。

「な、何すんねん!」
「だから、嫌いなんだよ魔法のもんは! 俺に持たせるな!」
「せやかて、僕の道具袋には入らんがな! そのでかいカバンは見せかけかい!」

 一応、冒険者として下級の呪文をいくつか身につけてみたものの、かなりの労力を必要とした。
 魔法関係は、自分からは近づきたくない存在であることには変わりない、ヤマグチ。
 魔法道具をカバンに入れるのを断固拒否する彼と、次鋒シゲルの魔球によって、魔法道具はソフトに扱うという方針は、とりあえずここで捨て置かれたようだ。
 何だか入り口近くから、激しい衝撃音が等間隔で響いてくる気がするが、マツオカ、恐ろしくて確認しに行く勇気が沸かない。
 聞いていないふりを決め込んでいる。

「一体、何をしてるんだあの人たちは……」

 ヤマグチの戦士としての実力はさることながら、片やシゲルの能力は如何せん、未知数である。
 マツオカにとって、それは未知数、と言うより、不可視と言う表現により近い。
 魔法道具を趣味で作れるほどの知識を持っていることは確かなようだが、そういえば、呪文を実際に使うところを見たことが無いのだ。
 そもそも、魔法商人なんて曖昧な職業、冒険者ギルド総会でも、ダーマ神殿でも取り扱っていないではないか。
 目下、マツオカの最大の謎人物。

「……謎だよなぁ」

 と、マツオカは、その疑問をタイチにぶつけてみた。

「本人に直接聞けばいいじゃん」
「聞けるわけねーでしょうよ。聞いてもはぐらかされるし」
「そりゃそうだ」

 タイチは、肩をすくめると、再びゴミ棚に向かいやった。
 彼の審美眼、もといお宝の勘は確かに精密で、つい数分前に手に入りにくい“魔法の聖水”を発掘してきてくれたばかり。
 さすがはトレジャーハンターを自称するだけはある、と思う、実は少し疑っていたマツオカである。

「パーティー組んだからって、全部知れるような間柄にはなれないでしょ。たぶん、これからも」
「悟ってるよね、タイチくんって」
「冒険者、長いからね」

 タイチが、シゲルとアリアハンに来る以前からの顔馴染だと言うことは知っている。
 シゲルが、その頃の話を極力したがらないのも、マツオカは理解している。
 けれど、彼が知っていて、自分が知らないことがあるのは、

「何か、嫌じゃない?」

 一応、オレら五人パーティーなんだし。

 マツオカは、奇妙に曲がりくねった感情で、溜め息を吐いてしまう。
 パーティーの知識は共有しておきたい、という心構えの表れ、単純に我侭なのだろうか。
 そう言うと、タイチは途端に笑い出した。いわく、贅沢、らしいのだ。

「だってマツオカ、お前だって、俺たちに話してないこといっぱいあるでしょ?」
「……うん、まぁ、それはそこそこ」
「だからお互い様ってこと。最初から答えが分かってるパズルなんて、つまんないでしょ」

 そういう考え方もあるのか。

 マツオカは少しばかり感心して、タイチの後姿を眺めた。
 彼のこともあまり詳しくは知らないが、ナガセよりは知っている、と希望的観測。
 アリアハンでルイーダの酒場を開いた店長で、その前はトレジャーハンター、でも、さらにその前は、マツオカは知らない。

「……今、お前、俺の昔のこととか考えたでしょ」
「え!? 何、エスパー!?」
「俺は別に、何も謎とかないの。マツオカに言った分で、全部だよ」

 上目に微笑んで、小首を傾げる仕草。嘘だろうな、とマツオカは思った。
 けれど、これもパズルのヒントの一つとなるなら、なるほど、それはそれで面白いかもしれない。

 マツオカが少し前向きになったところで、背もたれにしていた棚の反対側で何かが盛大に散らかる物音が上がった。

「あ、これだっ! タイチくーん」

 埃被ったナガセが、またひとつ妙なものを持ってきた。
 呪いの唸り木とかじゃないだろうな、とマツオカはしかめ面で振り向く。
 ちなみに“呪いの唸り木”は、いわゆる魔界に自生しているという人食い木の枝を乾燥させて作る厄病を招くアイテムで(以下、現在必要ない説明なので省略)。

「これ、これ。何スか、これ? 面白そう」

 ナガセが差し出してきたのは、図鑑で見た呪いの唸り木とは少し違う形状であった。
 ただし、似ている。似ているところが、ちょっと気になる。

「おーそれか。それはねぇ……あくまのしっぽ」
「捨てろナガセー!!」

 マツオカは叫びながら光速でナガセの手から“あくまのしっぽ”を引ったくり、音速で明後日の方向に遠投した。

「あーあ……勿体ないなぁ」
「バカ、バカかお前は! 『呪いのアイテム図鑑』の見開き1ページ目に載ってるヤツだぞ!! 100人中60人が選びました呪いのアイテム第一位だぞ!? 何で“嘆きの盾”の次にコレだ!? 今時あんなポピュラーな、呪いまんまみたいなアイテム持ってくる奴が何処にいる!!」

 マツオカは大げさに嘘泣きしながら(いや、実際半分は泣きながら)一気にまくし立てると、ナガセに『呪いのアイテム図鑑』の事と成りを力説し出した。
 ちなみに“嘆きの盾”とは、戦で死んだ数万の兵士の魂が宿ると伝えられる死を招くアイテムで(以下、やはり現在必要ない説明なので割愛)。

「三回もやってよく飽きないよな、マツオカ……」

 この二人、かれこれ三度ほど一連の行動を繰り返しているのだが、全くパターンが変化しない。
 軽くデジャヴであるとも言える。
 けれど、マツオカの疲労はじわじわと、締め損ねた蛇口から漏れる水滴のように下のバケツに溜まっている。

「ちょっと待て……大体、リーダーが悪いんだよ。そうだよ何だよ。この呪いのアイテムのオンパレード。役に立ちそうもねぇのばっかじゃん……」
「タイチくーん。また面白そうなの発見しましたー」
「ああもう……人が愚痴ってる横から……!」

 呪いのアイテムを叩き落してやろうと、ぎりぎりと拳を振りかぶる準備をするマツオカ。
 ナガセが持っていたのは、何やら白いフワフワとしたキーホルダーだった。
 解呪の鉄拳はあえなく空振りした。

「……ちょっとカワイイ」
「でしょー」
「“うさぎのしっぽ”だね」
「しっぽシリーズ……え? てゆか、これも、魔法のアイテム? 嘘ぉ」

 拍子抜けしてしまった。
 それは確かに、文字通りウサギの尻尾である。

「幸運のお守りなんだよ。ギャンブラーとかに人気の……あ」

 にやりと口角持ち上げた盗賊が、マツオカの手に“うさぎのしっぽ”を持たせてやった。

「これは不運続きのマツオカくんにあげような、ナガセ」
「そうッスね、タイチくん!」
「……いや、まぁ、貰える物は貰っておくけどさ……何か、他にさぁ……」

 疲労の水溜めが表面張力で持ちこたえているらしいマツオカ、複雑な心境で“うさぎのしっぽ”を戴いた。
 目ぼしい魔法道具は出尽くしてしまったようだ。
 ゴミか呪いか、究極の二択を勝ち抜いた戦利品として床に並んでいるのは、賞味期限ならぬ使用期限の切れていそうな“キメラのつばさ”三枚と、海に沈んだところを引き上げたような“魔法の聖水”の古ビン二本と、

「あ、3ゴールド」
「リーダーのヘソクリじゃねえの? ってゆか、何処に隠してるんだ、あの商人!?」

 ついでにおそらくシゲルが隠していたのだろう、“あみタイツ”の中にヘソクリを発見したので拝借。
 無言で頷いた三人は、1ゴールドずつ仲良く分け合うこととなった。

「“魔法の聖水”があったのは嬉しいけどね。何か他に良いの、ないわけ?」
「持ち運べるのは少ないかな……んー……あ、じゃあマツオカにはもう一個、これ」
「はいッ!? こ、これ?」

 ぺいと前触れなく投げられた巾着袋に、マツオカは肩をびくつかせる。
 呪いの……いや何のことはない、ごく普通の、小銭入れサイズの布巾着だ。
 しかし場所が場所なだけに、危険物が入っている可能性も捨て切れない。恐る恐る中身を確認してみる。

「あれ……小石? あ、もしかして開いちゃヤバイやつだった?」
「ううん全然。“星のかけら”って言うの」
「カワイイ名前ッスねー」
「ナガセ、それ食べるもんじゃないから」

 途端に言いすくめられて、ナガセは伸ばそうとした手を引っ込めている。
 だが確かに、見る限り美味しそうな色ツヤ形、まさに金平糖のような小石の欠片だ。
 一体、どんな効果を持つ石なのだろう。
 マツオカが尋ねると、タイチは極上の笑顔で、

「自分に使うんじゃなくて、魔物相手にね。危なくなったら、敵にぶつけてみて」

 と、だけ答えてくれた。
 末恐ろしい気もしたが、マツオカ、とりあえず素直に受け取っておくことにした。
→ NEXT 07.
爆弾石:爆破の下級呪文と同等程度の威力を持つ、魔法の石。
魔法の聖水:失われた魔法力を回復する効力を持った、特別な聖水。