勇者(候補)一行が、世界屈指の大国ロマリアの王都に到着したのは、
もうすっかり陽も傾きかけた白の十一刻、夕刻であった。
アリアハンならば、夕餉の支度に人影が減り始める時間帯である。
外門を抜けたナガセは、目の前に広がる光の多さに圧倒された。
外門からすぐに伸びるメインストリート。
中央広場に行き当たるまで、ざっと1kmはあるだろうか、賑やかな繁華街が続いている。
おそらく、裏手に一歩入れば、人々の住まう閑静な宅地になっているのだろうが、この喧騒からは想像も出来ない。
通りは、様々な風貌の町人、旅人、商人であふれかえっている。
軒を連ねる多種多様な店と屋台、珍しい売り物の数々。そして、街全体を包み込む色。
全てがアリアハンには無いものばかり。これが異国なのだ。
「ちょーすげェ!! 何か家とかも白っぽいし! 匂いも旨そうだし!」
「……もうちょっと情緒ある感動の仕方しろよ。何だその五感のフル活動は」
「そーいうマボだって楽しそうじゃん」
「い、いやそりゃぁ……外国来たの、たぶん初めてだしさぁ」
正確には、海の向こうへ来るのは、おそらく初めてでは無いのだろうが、と少し視線を上げる。
まだ、物心つく前の赤ん坊の頃に、養父である神父に、外国からアリアハンへ連れられて来た、という経緯を持つマツオカである。
「ロマリアに来るのも久しぶりやわ」
「リーダーは来たことあるんだ?」
「こう見えて、僕、商人やで。ロマリアは大陸の拠点みたいなとこやからなぁ」
なるほど、旅商人ならば各地を転々とすることもあるだろう。
ということは、冒険者の経験があるヤマグチとタイチの二人も、ロマリアに訪れたことがあるのかもしれない。
マツオカは、ヤマグチの様子をうかがった。
先ほどから興奮しっ放しのナガセの温度よりかは、やはり幾分冷めているようだ。
「ってことは、兄ぃもロマリア来たことあんの?」
「ああ。ま、冒険者やってて、ロマリアに来たこと無い、ってヤツの方が珍しいわな」
「マツオカは好きそうな街だよね、ロマリア」
どうしてか、と聞くと、タイチは何故か笑って目配せするだけだった。
何か言い足したかったのだが、僧服の裾をヤマグチに忙しげに引っ張られる。
場所を変えたい、という目配せだった。
何せ、人で溢れかえったメインストリートである。
通りの真ん中に突っ立っていては人混みにさらわれてしまいそうなので、一行はこそこそと壁際に移動することになった。
「宿を探さないとな」
脇道の隙間に点在する、かろうじて空いたスペースを探しながら、五人は中央広場に向かって歩く。
客の呼び込みをする声が四方八方を飛び交う喧騒の中では、わずかな距離でも、話し声すら届かないようだ。
「とりあえず紹介所行ってみよか。遅い時間かもしれんけど、どっかは空いてるやろ」
そう言って、シゲルが、中央広場の奥に立つ建物を指差す。
「何?」
「紹介所。冒険者とか旅人向けの、観光案内所みたいなもんやな」
二階建ての四角いシンプルな造りに、両側へと開かれた玄関。
おそらく公共の施設なのだろう。旅人風の格好をした多くの人間が、出入りしている様が見て取れる。
石造りの据え置き表札には、『ルッカ紹介所』と畏まった字体で丁寧に掘り込まれていた。
「どこの町にも大抵1箇所はあるんだよ。冒険者に仕事を斡旋してくれるような店とか」
「へぇ……あれ? けど、アリアハンにそういうところありましたっけ?」
ナガセが聞く。
確かに、そんな施設がアリアハンにあったのなら、ナガセならば、足しげく通っては冒険譚に夢を馳せていたことだろう。
「何言ってんの、あるって。『ルイーダの酒場』」
「ええ、嘘ぉ!?」
「あれって、そうだったの!? ただの溜まり場とかじゃなかったんだ!?」
日雇い従業員マツオカでさえ知らない、衝撃の事実であった。
単なる居酒屋兼軽食屋だと思っていた、と驚く。
「……うん。利用頻度がすっごく少ないだけ」
生粋のアリアハンっ子にまで知られていない、国家認定紹介所の店主は、ちょっと影が薄くなった。
元々、冒険者や旅人が極端に少ない国だっただけに、ルイーダの酒場を紹介所として利用する人の数など、たかが知れている。
宿屋、薬草屋、武器屋に道具屋まで、紹介するまでもなく、片手の指で足りるほどしか軒数が無いのだ。
それでも、普通の酒場として経営が成り立っていたので、店長も客も、さして問題はなかったわけである。
「でも“依頼”は? ほら、遺跡探索とか、魔物討伐みたいな」
「道具屋のおばさんの猫探しとか、レーベ村臨時農作業者募集とか、そんなんばっかだけど?」
おまけに、モンスターも弱く、探索する価値のあるダンジョンも無かった。
アリアハンは、とことん平和な国であった。
そういえば、とマツオカは時々雑巾で水拭きしていた、ルイーダの酒場の木板壁を思い出す。
地域密着情報誌の切り抜きが、ぺたぺた貼ってあった、確かに。
「まさか……あの酒場の壁に貼ってあった募集広告って……」
「うん。あれが依頼。気付くの遅ぇよ、お前ら」
「冒険者は農作業なんてしないと思うよ、タイチくん」
「……なんかイメージと違うんスね、紹介所って」
ナガセは、賞金が賭けられた危険な香りのする貼り紙諸々を想像していたのだ。
少しがっかりしたようだったが、その後、何かしらの区切りを付けたのか、再び目を輝かせた。
ロマリアのルッカ紹介所は、結構冒険している(いわゆる世間一般的な)のかもしれない、と、期待を持ったのだろう。
「アリアハンの紹介所は、あまり宣伝されてへん隠れスポットなんやなぁ」
「隠れちゃダメだろうよ」
遠まわしにフォローしたシゲルと、つい呆れてつっこみを入れてしまったヤマグチである。
五人は、ルッカ紹介所の玄関口にやって来ていた。
中央広場に程近いためか、数多くの屋台が立ち並ぶ交差点の辺りは、夜へと変わり始める時間帯だというのに、一際賑やかな喧騒に溢れている。
広場からは、荘厳とそびえ立つロマリア王城を、遠目に仰ぎ見ることか出来る。
「あ、あの大きな建物。何? 人、いっぱいいますけど」
と、ナガセが、王城とは対角線の位置にある、メインストリート沿いの巨大な建物を指差す。
石灰とレンガとを交互に積み上げた白壁の、円形状のホールのようだ。
「ああ……カジノだよ。ルーレットとか格闘場とか」
「おーいいなぁ。一回行ってみたかったんだよねぇ。あ、オレ“さまようよろい”に一枚〜」
「こらこら! 仮にも聖職者が、賭け事なんてやるな!」
ヤマグチは、券売場へ行こうとする僧侶の首根っこを右手でつかみ、
「……お前もだよ、ナガセ」
「ちぇー」
空いた左手で、勇者(候補)のフードを引き寄せる。
が、身のこなしに長けた盗賊が一人、ひょいと包囲網をすり抜けた。
「俺は良いよね? 仕事もあるしぃ」
「あ、おい! 紹介所の方はどうすんだよ!?」
「五人全員で行ったって窮屈でしょ? そっちは任せるよ」
「……ああもう! スリはすんなよ!」
最後の言葉を聞いてか無視してか、タイチは手を振ってカジノの階下に消えていく。
「シゲ?」
タイチの後ろ姿を目で追ったヤマグチが、驚いた様子で声を上げた。
賭け事に乗じるよりかは、まず手持ちの財産を死守する金策を考えそうな魔法商人が、カジノの方へと足を向けたのに気づいたのだ。
直前、彼の目が券売場の一角を見据えていたことには、別段、違和感を感じられなかったが。
「あー……まぁ。ちょっと用事とゆーか、社会見学ちゅーか」
「ああ! ずるいッスよ、リーダー!」
「すまんなぁ、半刻ほどで戻るから。宿、見つかったら、掲示板に書いといてくれるか?」
口を尖らせるナガセの肩をぽんと一つ叩くと、シゲルはタイチの後を追うように、カジノの奥へと消えていった。
嘆息するヤマグチだったが、その行動の奇妙さにも首を傾げる。
「……珍しいな」
「勝算でもあるんじゃないの?」
マツオカが何気なく発した言葉に、見送るヤマグチは曖昧にうなずくしか無かった。
もうすっかり陽も傾きかけた白の十一刻、夕刻であった。
アリアハンならば、夕餉の支度に人影が減り始める時間帯である。
外門を抜けたナガセは、目の前に広がる光の多さに圧倒された。
Level 08+a. ロマリアの5人-(2)
「おおー! すっげ明るい、明るい!! 人いっぱいいるー!!」外門からすぐに伸びるメインストリート。
中央広場に行き当たるまで、ざっと1kmはあるだろうか、賑やかな繁華街が続いている。
おそらく、裏手に一歩入れば、人々の住まう閑静な宅地になっているのだろうが、この喧騒からは想像も出来ない。
通りは、様々な風貌の町人、旅人、商人であふれかえっている。
軒を連ねる多種多様な店と屋台、珍しい売り物の数々。そして、街全体を包み込む色。
全てがアリアハンには無いものばかり。これが異国なのだ。
「ちょーすげェ!! 何か家とかも白っぽいし! 匂いも旨そうだし!」
「……もうちょっと情緒ある感動の仕方しろよ。何だその五感のフル活動は」
「そーいうマボだって楽しそうじゃん」
「い、いやそりゃぁ……外国来たの、たぶん初めてだしさぁ」
正確には、海の向こうへ来るのは、おそらく初めてでは無いのだろうが、と少し視線を上げる。
まだ、物心つく前の赤ん坊の頃に、養父である神父に、外国からアリアハンへ連れられて来た、という経緯を持つマツオカである。
「ロマリアに来るのも久しぶりやわ」
「リーダーは来たことあるんだ?」
「こう見えて、僕、商人やで。ロマリアは大陸の拠点みたいなとこやからなぁ」
なるほど、旅商人ならば各地を転々とすることもあるだろう。
ということは、冒険者の経験があるヤマグチとタイチの二人も、ロマリアに訪れたことがあるのかもしれない。
マツオカは、ヤマグチの様子をうかがった。
先ほどから興奮しっ放しのナガセの温度よりかは、やはり幾分冷めているようだ。
「ってことは、兄ぃもロマリア来たことあんの?」
「ああ。ま、冒険者やってて、ロマリアに来たこと無い、ってヤツの方が珍しいわな」
「マツオカは好きそうな街だよね、ロマリア」
どうしてか、と聞くと、タイチは何故か笑って目配せするだけだった。
何か言い足したかったのだが、僧服の裾をヤマグチに忙しげに引っ張られる。
場所を変えたい、という目配せだった。
何せ、人で溢れかえったメインストリートである。
通りの真ん中に突っ立っていては人混みにさらわれてしまいそうなので、一行はこそこそと壁際に移動することになった。
「宿を探さないとな」
脇道の隙間に点在する、かろうじて空いたスペースを探しながら、五人は中央広場に向かって歩く。
客の呼び込みをする声が四方八方を飛び交う喧騒の中では、わずかな距離でも、話し声すら届かないようだ。
「とりあえず紹介所行ってみよか。遅い時間かもしれんけど、どっかは空いてるやろ」
そう言って、シゲルが、中央広場の奥に立つ建物を指差す。
「何?」
「紹介所。冒険者とか旅人向けの、観光案内所みたいなもんやな」
二階建ての四角いシンプルな造りに、両側へと開かれた玄関。
おそらく公共の施設なのだろう。旅人風の格好をした多くの人間が、出入りしている様が見て取れる。
石造りの据え置き表札には、『ルッカ紹介所』と畏まった字体で丁寧に掘り込まれていた。
「どこの町にも大抵1箇所はあるんだよ。冒険者に仕事を斡旋してくれるような店とか」
「へぇ……あれ? けど、アリアハンにそういうところありましたっけ?」
ナガセが聞く。
確かに、そんな施設がアリアハンにあったのなら、ナガセならば、足しげく通っては冒険譚に夢を馳せていたことだろう。
「何言ってんの、あるって。『ルイーダの酒場』」
「ええ、嘘ぉ!?」
「あれって、そうだったの!? ただの溜まり場とかじゃなかったんだ!?」
日雇い従業員マツオカでさえ知らない、衝撃の事実であった。
単なる居酒屋兼軽食屋だと思っていた、と驚く。
「……うん。利用頻度がすっごく少ないだけ」
生粋のアリアハンっ子にまで知られていない、国家認定紹介所の店主は、ちょっと影が薄くなった。
元々、冒険者や旅人が極端に少ない国だっただけに、ルイーダの酒場を紹介所として利用する人の数など、たかが知れている。
宿屋、薬草屋、武器屋に道具屋まで、紹介するまでもなく、片手の指で足りるほどしか軒数が無いのだ。
それでも、普通の酒場として経営が成り立っていたので、店長も客も、さして問題はなかったわけである。
「でも“依頼”は? ほら、遺跡探索とか、魔物討伐みたいな」
「道具屋のおばさんの猫探しとか、レーベ村臨時農作業者募集とか、そんなんばっかだけど?」
おまけに、モンスターも弱く、探索する価値のあるダンジョンも無かった。
アリアハンは、とことん平和な国であった。
そういえば、とマツオカは時々雑巾で水拭きしていた、ルイーダの酒場の木板壁を思い出す。
地域密着情報誌の切り抜きが、ぺたぺた貼ってあった、確かに。
「まさか……あの酒場の壁に貼ってあった募集広告って……」
「うん。あれが依頼。気付くの遅ぇよ、お前ら」
「冒険者は農作業なんてしないと思うよ、タイチくん」
「……なんかイメージと違うんスね、紹介所って」
ナガセは、賞金が賭けられた危険な香りのする貼り紙諸々を想像していたのだ。
少しがっかりしたようだったが、その後、何かしらの区切りを付けたのか、再び目を輝かせた。
ロマリアのルッカ紹介所は、結構冒険している(いわゆる世間一般的な)のかもしれない、と、期待を持ったのだろう。
「アリアハンの紹介所は、あまり宣伝されてへん隠れスポットなんやなぁ」
「隠れちゃダメだろうよ」
遠まわしにフォローしたシゲルと、つい呆れてつっこみを入れてしまったヤマグチである。
五人は、ルッカ紹介所の玄関口にやって来ていた。
中央広場に程近いためか、数多くの屋台が立ち並ぶ交差点の辺りは、夜へと変わり始める時間帯だというのに、一際賑やかな喧騒に溢れている。
広場からは、荘厳とそびえ立つロマリア王城を、遠目に仰ぎ見ることか出来る。
「あ、あの大きな建物。何? 人、いっぱいいますけど」
と、ナガセが、王城とは対角線の位置にある、メインストリート沿いの巨大な建物を指差す。
石灰とレンガとを交互に積み上げた白壁の、円形状のホールのようだ。
「ああ……カジノだよ。ルーレットとか格闘場とか」
「おーいいなぁ。一回行ってみたかったんだよねぇ。あ、オレ“さまようよろい”に一枚〜」
「こらこら! 仮にも聖職者が、賭け事なんてやるな!」
ヤマグチは、券売場へ行こうとする僧侶の首根っこを右手でつかみ、
「……お前もだよ、ナガセ」
「ちぇー」
空いた左手で、勇者(候補)のフードを引き寄せる。
が、身のこなしに長けた盗賊が一人、ひょいと包囲網をすり抜けた。
「俺は良いよね? 仕事もあるしぃ」
「あ、おい! 紹介所の方はどうすんだよ!?」
「五人全員で行ったって窮屈でしょ? そっちは任せるよ」
「……ああもう! スリはすんなよ!」
最後の言葉を聞いてか無視してか、タイチは手を振ってカジノの階下に消えていく。
「シゲ?」
タイチの後ろ姿を目で追ったヤマグチが、驚いた様子で声を上げた。
賭け事に乗じるよりかは、まず手持ちの財産を死守する金策を考えそうな魔法商人が、カジノの方へと足を向けたのに気づいたのだ。
直前、彼の目が券売場の一角を見据えていたことには、別段、違和感を感じられなかったが。
「あー……まぁ。ちょっと用事とゆーか、社会見学ちゅーか」
「ああ! ずるいッスよ、リーダー!」
「すまんなぁ、半刻ほどで戻るから。宿、見つかったら、掲示板に書いといてくれるか?」
口を尖らせるナガセの肩をぽんと一つ叩くと、シゲルはタイチの後を追うように、カジノの奥へと消えていった。
嘆息するヤマグチだったが、その行動の奇妙さにも首を傾げる。
「……珍しいな」
「勝算でもあるんじゃないの?」
マツオカが何気なく発した言葉に、見送るヤマグチは曖昧にうなずくしか無かった。