PRELUDE

「何したの、リーダー……」

 マツオカ、あまりの光景に、紙袋を拾うことも忘れて呆然と立ち尽くしていた。

 「爆弾石」は、爆破系の下級呪文と同等程度の威力を持つ魔法石である。
 ごく微量な魔力を込めて投げつけるだけで弾け飛ぶ、極めて簡素な造りでありながら、力加減の曖昧さ故に、扱いの難しいとされる魔法道具だ。

 シゲルが放った爆弾石の衝撃は、入り組んだ路地の石壁に篭って、さながら小さな花火を打ち上げたような感じになり、絶妙に周囲の喧騒と混ざり合っていった結果、不思議なことに、大騒ぎというまでには発展しなかった。
 たぶん世界に一人しかいないんではないかというレアな職種・魔法商人だからこそ為せる、絶妙な力加減であった。

 何だかよく分からないが一応の決着を見せたらしい、と結論付けた野次馬の人垣が、徐々に瓦解していく。
 路地裏に残ったのは、アリアハンのうち三人と、爆弾石によって気絶させられた挙句、漫画のようなアフロをオプションに、まだらくもの糸でぐるんぐるんに簀巻きにされた男たちA・B・Cである。
 すっかり状況に置いて行かれている(否、無理やり引っ張られている)マツオカは、恐る恐るとタイチに尋ねる。

「……ねぇ。あの簀巻きにされてる人たちって何? 大丈夫? オレ、もしかして助けに入んない方が良かったとか……?」
「んなことないって。超助かった。お前の頭ん中、今、確実にリーダーを悪役にしてるだろ」

 しかし、男たち三人を捕らえるまだらくもの糸の束端を、笑顔のままに片足で踏ん付けている様は、随分と年季の入った悪役に見える。

「あの三人はスリ団だよ。リーダーが財布盗られたから、追っかけてたの」
「ああ……何だぁ、スリ……へ!? スリ!? ちょ、まさか財布、盗られたの!?」

 今しがた取り戻したところ、という様子をタイチが指の先で示した。
 愛用のがまぐちをしっかと手にし、一仕事終えたシゲルは、爽やかに額の汗を拭っている。

「ああ……良かったわー祈りの指輪が無事で」
「いやいやいや!! アンタそれ違うでしょうよ! 何してんの! その財布、オレらのパーティーの全・財・産も入ってんの!! 忘れたの!?」
「……あ」

 数瞬の後、魔法商人が怒涛のハリセンを食らっている横を、タイチはここぞとばかりに無音で通り過ぎた。
 足元には、スリ団の本日の稼ぎと思われる、財布がごろごろと入った麻袋。
 てきぱきとネコババの算段を見積もりつつ、迅速かつ大胆に麻袋をひっくり返す。

「おー、結構な稼ぎじゃん」

 さて、爆弾石の攻撃により伸びきっていたスリ団は、実は、伸びきっていたフリをしていただけだった。
 あわよくば気絶したフリを決め込み、隙を見て逃げ出そうと目論んでいたのだが、タイチの不穏なセリフと行動で、火急に正気を取り戻した。
 寸分の狂い無きその動き――同業系だと悟ったらしい。
Level 08+f. 東7番裏通りの3人と3人(2)
「はあッ!? イヤー!! 何てコトをー!!」
「ちょ、あんた! ヒトの稼ぎを盗るなんて泥棒のすることでっせー!!」
「あぁ? 泥棒が言うな。それに俺は泥棒じゃない、トレジャーハンターだ!! どうだ格好良いだろう!!」
「イヤイヤ、それ同じアナのムジナやないですか!!」
「違ぇよ!! 俺は現ナマは盗らない主義なのっ!」
「説得力無さすぎやー!!」

 まだらくもいとの網に絡まりながら、バタバタともがくスリ団三人を足蹴に、タイチは自論を展開する。

「……ミニコント?」

 怒涛のハリセン片手でも、やはりつっこまずにはいられないのは、マツオカの性分である。

「……ネコババはあかんで」

 一応、釘を刺してはみたものの、水を得た魚のように麻袋を漁っているタイチの姿を見ると、どうにも深く斬り込めない。
 無理に止めるというのも憚られる空気。少しばかり気が引けてしまう。
 まさしく“天職”。そして、その“転職”を促したのは、誰あろう他ならぬ若き日のシゲルだったのだから。

「……やっぱ盗賊勧めたの間違いやったんかなー……いやここまで成長したということはむしろ正解……」
「うっわ、この財布入ってるなぁ」
「はー本当だ。一体どこの金持ちだぁ?」

 一人悶々と過去の汚点を省みるシゲルを尻目に、黙々と財布を鑑定――という名のネコババしていたタイチが意図せず驚きの声を上げる。

 タイチが手にしていたのは、一際分厚く、札束がそっくりそのまま形を変えたかのような長財布である。
 扇の形に広げたら、軽く一周円を描けてしまうほどの額はある。
 横から財布の中身を覗き見たマツオカも、つられて感嘆の息を吐いてしまった。
 羨ましい、とかいう以前に、何様のつもりではあるが、財布の持ち主を少々心配に思ってしまう。
 そもそも普段使いであろう財布に、これほどの大金を整然と入れて持ち歩けるとは。
 まるで世間知らずの単なる本物の金持ちなのか、ジョークかのどちらかだろう。

「……ありゃ?」

 シゲルの頬が、ひくりと引きつった。
 それは、彼の記憶の近いうちに間違いなく見覚えのある、上質そうな黒革であったからだ。
 スリ団の一人が、例の厚手の財布を見て、「ああ、それ」と思い当たることを口に出す。

「それねー。カジノに来てた男のね、アレ、御偉いさんやったんちゃうかな」
「あー、御付の人がおったヤツね! 我ながら、良いカモ見つけたんちゃうかー? てなぁ」
「コソコソしとったしなぁ。ちゅーか、もしかしたら、アイツも同業者やったりしてな!」

 聞かれてもいないのに、実に詳細な情報を丁寧に説明した盗人A及びB及びCである。
 まだらくも糸の簀巻き状態のままで、器用に笑い転げている。

「ちょっとぉ……あのヒトたちどーすんの? 放っておくわけにもいかないっしょ」

 と、マツオカが呆れ顔で三人を指差す。

「……ああ、ま、そうやなあ……あとは騎士団さんにお願いしよかな」

 騎士団。
 聞き様によっては悪魔の単語である。まるで危機感の無かったスリ団たちだが、さすがに一様に青ざめた。
 おそらく盗賊ギルドに属して間もないと思われる年齢は、大きく見積もって一回りは下。
 だが、叩けば埃のように出てくる余罪の数々でも持っているのだろう。

 とは言え、命の次の次の次、くらいに大事な財布を盗んだ輩に、情けを掛けるつもりなど毛頭ないシゲルである。

「逃げたら爆弾石行くで?」

 まだらくもいとの網の端を踏ん付けたままに、頭上で爆弾石をチラつかせる。
 マツオカが「どう見ても悪役」とつぶやく視線の下で、スリ団員Bは悔しげに喚く。

「ず……ずるいですやん! オッサン、まほうつかいなんてツラ違いますやろ!」
「コラ、誰がオッサンや!?」

 マツオカの手からいつの間にやら引っこ抜いていたハリセンを、我流に構えたシゲルだったが、ふと、彼らとの会話に感じる慣れと間合いに通じて、動きを止めた。
 改めて、スリ団三人をまじまじと凝視する。
 突然の変わり身に何事かと動揺するスリ団員ABC。勿論、全員、シゲルの知らない顔だ。
 だが、話し易かった。性格相性云々でなく、単純に、会話として聞き易く、話し易い。

 気が付けば、タイチとマツオカが、シゲルとスリ団とを不思議な顔で見比べていた。
 語尾に抑揚を付けない独特のイントネーションと、間を含まない言葉遣い。
 シゲルの使うそれとよく似ている。

「お前らってさぁ、もしかしなくてもー、東の方の人間だったりする?」

 マツオカは、シゲルが大陸東の出身であることを知っていた。
 彼が使う言葉訛りが、大陸東方面で一般的に使われる、方言の一種だということも。
 ずばりと指摘されたらしい、スリ団はお互いの顔を見合うと、仲良く押し黙ってしまった。
 出身地が知れると、今後何かと不便だと勘繰ったのかもしれない。

だが、シゲルは一転して表情を明るくし、矢継ぎ早に質問を投げかける。

「ああ! ほんまか? どの辺なん? もっと大神殿に近い方やな、きっと。僕も東の方の出身やけど」
「ちょっとリーダー、まさか、気付いてなかったの?」

 タイチに呆れたような苦笑をされて、シゲルも頭を掻いた。
 恥ずかしい話ながら、正直、マツオカが指摘するまで本当に気付いていなかったのだ。

「先刻から何か耳覚えが良えなあ思てたけど。生まれのことまで頭回らんかったわ」
「そういや、アナタ、大陸東の……どこ出身だったっけ?」

 大陸東、とはロマリアから向かって東、一般的にデュナル山脈を境に東の地方一帯を指す。

「小っちゃい村やでー。地図にもギリギリ載るか載らんかってぐらいの。ムオルって言う……」

 その言葉に、スリ団三人が、一斉に目を丸くした様は、見事であった。

「……オッサン、ムオル生まれ……なんか」
「オッサンやない言うとるやろ」
「……」

 いつしかスリ団たちは、まだらくも糸による結束簀巻きのまま、器用に正座して神妙な面持ちで、互いの表情を読み合っている。
 マツオカには、ぴんと来るものがあった。

「へえ。はぁ。ふーん。そう来るってことは、お前らも、ムオル出身なんだ?」
「うっ!? ……ちちち違うわななな何やそな地名聞いたことも見たことも聞いたこともな」
「いやいや。動揺しすぎだから。分かり易すぎるから」

 何という馬鹿正直な反応。
 どう考えても盗賊という職業には向いていないのではないか、と年若い彼らの今後を憂いてしまうマツオカである。

「えームオルぅ? 超辺鄙なとこじゃん。一番近い街から徒歩で片道三日はかかる、ど田舎じゃん。わざわざスリするのにロマリアに来たの? ヒマ人ー」
「タイチ。それ……一応僕の……出身地……」

 三連続直球で出身地を貶されまくったシゲルだったが、特に言い返そうとは思い立たなかった。
 事実だからだ。
 ムオルは、大陸東でもさらに、人の住める地域としては北限にすら程近い、北東の端にある。
 主産業は林業。古い慣習を至極大事に残した、小さいながらも主張する村で、一片の華やかさも無い。
 このくらいの年齢の若者ならば、まず第一に村を出ようと行動するのは、正しく自然の成り行きだろう。

 スリ団員Aがついに観念し、「そうやっ」と口火を切った。

「ど田舎でどケチで狭っ苦しいあんな暗あい村で、一生終えてたまるかい!」
「三人で村出て、ロマリアで一旗挙げよう、って馬車乗り継いで、やって来れたんは良かったんやけど……」
「よー考えたら、オレら、先立つもんが全く。ええこれっぽっちも」

 と、仲良く三人順番に事の次第を説明すると、傍目に分かるほど徐々に影部分が濃ゆくなっていく。

「手っ取り早く金目のもん見つけよーかなー思て、こう……チョロっと」
「そう、チョロっと。出来心で」
「出来心でチョロまかしたところ……盗賊ギルドに眼ぇ付けられてしまいまして」

 出来心でチョロまかすな、とマツオカは思ったが、そんな彼の隣には出来心でチョロまかす模範のような男がいたので、親切心でつっこみを控えた。

「あれよあれよと言う間に新入りに……」
「そんなこんなで、この地区のスリ担当に……」
「ノルマ達成のために……」
「「「……はぁ」」」

 最後など、横一列に正座して落ち込む、溜め息のユニゾンになってしまった。
 一緒に村を出たということは、幼馴染だろうか。なかなかに息の合った仲間たちだったようだ。

「タイチ、こいつら放してやってぇな」
「え?」
「へ?」

 前触れ無く唐突に放たれたシゲルの言葉に、タイチとマツオカは呆気に取られた。
 スリ団員三人が弾かれたように、一斉に顔を上げる。

「同郷のよしみでな。せやけど、今日の稼ぎは全部返してもらうで。それと、自分ら盗賊団は抜けや。もう泥棒すんのは止め。これが見逃してやる条件な」

 ぴたりと、三人は綻びかけた表情のままで固まった。
 シゲルの声は、まるで小さな子供を諭すような優しい口調であったが、その内容は裏腹に重かった。

「僕もな。たぶん、キミらとおんなじ感じでムオルから出てきたクチや」

 横のマツオカが、少し目を見張る気配があった。

「少しは分かるつもりやで。広いとこに出たい、言う気持ちは」
「お……オッサン……あんた……」
「せやからオッサンは止めぃ」

 スパーンと、何処からか引っこ抜いたマツオカ愛用のハリセンで横一閃、嘘か真か、感動の涙を流すスリ団を引っ叩く。

「ま、どうせ、しがないギルドの下っ端やろ? しょっ引いたところでたいした収穫は無いと思うわ」
「下っ端やない“新入りや”言うたでしょ、失敬な! しかも“カンダタ盗賊団”のっ!!」
「へー、“カンダタ盗賊団”」

 タイチが復唱したことで、スリ団員Bは慌てて閉口した。
 AとCにサイドからのパンチを食らったため、その先が言えなかっただけではあるが。

 新入りも下っ端もそう変わらねーだろよ、とつっこもうとしたマツオカだったが、盗賊団、と先ほどから妙に憚る聞いたことのないギルドの名称に沸いた好奇心のほうが、条件反射を上回った。
 タイチの方を窺う。同じ盗賊(本人はトレジャーハンターだと反論するだろうが)、情報を持っているような口振りだった。

「……カンダタ盗賊団? 知ってる?」
「知ってる。カザーブの山ん中を根城にしてる盗賊団……っていうか山賊団でしょ。アレだよ、追いはぎ団」
「追いはぎ団て。それ、一昔前ですやろ。今は結構、大分ちゃいますよ」
「ロマリア街道周辺とかよく行きますねぇ。行商人狙うよりかは、貴族狙った方が効率いいですもんねぇ」
「新手の商売かよ」

 自分の持っている情報を一昔前、と区切られたタイチは少し不機嫌な顔で言い返したが、しかし、それも仕方ないかと表面張力で持ち堪えた。
 何せ、タイチが大陸側にいたのは十年近く前のことだ。
 ロマリアの街並みこそ大きな変化は無いが、近隣情勢などは刻一刻と変わってきている。
 一介のごろつき集団が、悪名高い大盗賊団に変貌するだけの時間はあったのだろう。

「……けど、あの。オレら……盗賊団、抜けるって言われましても……」
「まぁ……そう簡単にはいかんか」

 彼らの不安げな表情に、シゲルも肩を落として唸る。

 盗賊ギルドをはじめ、違法ギルドというものは一般的に入るのは簡単でも、抜けるのは難しい。
 (強いて言うなら、それこそが違法/合法ギルドの最大の特徴に値するのかもしれない。)
 ギルド出奔が、裏切りに取られるからだ。
 足を洗った後、黙っていれば穏便に事が済む、が、沈黙にも色々な種類がある。
 裏切っていないか、余計なことをバラしていないか、などと、いちいち目を光らせておく必要が無い種類の、安い沈黙もある。
 新入りとは言え、果たしてギルド長が軽視で済ませてくれるものかどうか。

「デカい盗賊団なんでしょ? そーっと抜けるってわけにはいかないの?」
「規模が大きいからこそ、末端まで機能してるもんなんだけど……ちょっと意外かも。カンダタ盗賊団って、そんなしっかりしたギルドになってたんだ」

 盗賊団のくせに一個ギルドとして機能しているというのも何処か癪に障る。
 面倒くさいシステムだなぁとばかりに、嘆息したマツオカがつぶやいた。

「あー……いっそ捕まっちゃえばいいんじゃないの?」
「それ言っちゃったら元も子もない……」

 マツオカの淡白な解答に、淡白な相槌で返したタイチであったが、スリ団員ABCはあからさまにショックを受けて、真っ白な雪像と化している。
 「そんなご無体な!!」と、涙目の顔に三等分割で書いてあるが、間違ったことは何一つ言っていない。

「……ああ」

 シゲルが、手元の爆弾石と、次に足元で踏みつけるまだらくも糸の網束に目を落とす。
 横を見れば、タイチは、自分のものではない黒革の財布を大事そうに抱えている。

「そうか。そうか、その手があるかぁ」
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