PRELUDE

「……例の“二人組”は、ポルトガから定期船に乗ってきたって話だったよな」

 宿自慢のロマリア郷土料理をいただきながら、ヤマグチが尋ねる。
 アリアハン城からレッドオーブを盗んだ、魔法使いと武闘家、二人組の男たちのことだ。
 ナガセとマツオカの聞き込みによって得られた情報によると、彼ら二人は、遺跡調査という名目で、ポルトガからの定期船でアリアハンにやって来ていた。
 単にアリアハンに入国するだけなら、位置的に近い大陸最東端のバハラタ港か、ロマリア首都圏内のバルレッタ港から乗船するのが一般的なのだが、あえてポルトガから乗船したことがヤマグチは気にかかっていたようだった。

「ポルトガに、あの二人がいるかもしれない、ってこと?」
「手がかりくらいはあるんじゃないか、ってね」

 ヤマグチは、彼らが転移呪文で逃亡した先がポルトガかもしれない、という可能性を探っている。
 転移呪文で簡単に移動できるくらいに、入念に記憶した土地、ならば二人共か、もしくはそのどちらかが長期滞在していただろう国ということになる。
 何かしらの足跡は残っていても良いはずだ。

「とは言っても冒険者風の格好だったし。他にもオーブを探してそうな感じだったし。もう移動してるだろうな。ロマリアに立ち寄っててくれりゃあ楽なんだけど……」
「あ。そういえば……ロマリアって、結構、冒険者とかの拠点になる……みたいな場所なんスか?」

 ナガセの逸れた質問に、他方の意図を見とめたヤマグチは嘆息する。

「ああ。確かに、拠点にしてる冒険者もいるだろうな。けど……ちょっと人、多すぎやしないか」
「うん。お祭りかと思った」
「何か大掛かりな討伐でもあんのかね」

 二人のテーブルに水差しを持ってきた宿の主人が、会話の主旨に気付いたようだ。
 討伐、と言う単語に微妙に首を傾げつつも頷く。

「冒険者がロマリアに来る理由なんて、ここのところは、“アレ”ひとつですからねぇ」
「“アレ”?」
Level 08+d. 水鳥集う宿の2人
「……“ソレ”でいらっしゃったんじゃ? もしかして……お客さんたち、知らないのですか?」

 店の主人が「道理で合点がいった」という風な表情で数回頷く。
 気を利かせてくれたのだろう、小走りでカウンターの中に入ると、一枚の紙切れを持って戻ってきた。

「……『盗賊団討伐、冒険者募集』……?」

 渡されたチラシには、見るからに人相の悪い一団と、かっちょいい騎士団とがチャンバラを繰り広げているイラスト(効果音付き)と、募集人員、資格経験問わず、といった内容が書かれていて、右隅にはロマリア王国騎士団発行、とのハンコがぺたり押されている。
 何かのアルバイト採用広告みたいだ、とナガセが眺める真正面を、ヤマグチも逆さまに覗き込む。

「盗賊団の討伐? 魔物じゃなくて?」
「うん。これって、ロマリアのお城が出してる依頼、ってことッスよね。んと、……盗賊団を討伐すること……うお、生死問わずだって。何か嫌だなぁ……えーと報酬は……いち、じゅう、ひゃく……せ……ん……え? ごッ、50000ゴールド!?」

 ちなみに、50000ゴールドあればアリアハン価格の高級薬草セットが6250個買える。
 驚きのあまり、依頼書のチラシを軽く破いてしまったナガセが、我に返って恐る恐る口を開く。

「ちょ……見たことないケタなんスけどコレ……ロマリアって物価超高ぇとか?」
「え? いや、アリアハンとそう変わんねぇはずだろ。城が出す討伐依頼にしたって、高額だな」
「そりゃそうですよ。何たって、相手が相手ですからねぇ」

 冒険者二人の動揺をドライに受け流しつつ、宿の主人は、しみじみとつぶやいた。

「今の王様。良い王様なんですけど、道楽者の上に事なかれ主義で平和愛好家な放蕩者でねー」

 褒めているより、けなしている割合のほうが随分多い気がしたが、ヤマグチもナガセも、たった今知り合ったばかりの宿屋の主人には、さすがにつっこめない。

「盗賊団が、この大陸一帯に名を轟かせてる“カンダタ一味”だって分かった途端に、泣き寝入り」
「カン、ダ、“ダ”?」
「カンダ“タ”一味です」
「……カ、ン、“タ”、ダ?」
「“カ・ン・ダ・タ・”だっつの」
「早口言葉みたいッスねー」

 ナガセが険しい目つきで、何度か発音を確認する。
 現在進行形で、シリアスな場面である。
 と、二個目の言い直しに横やりを入れたヤマグチに気付き、ナガセがぴたりと発音練習を止める。

「……グっさん知ってるんだ?」
「噂は聞いたことある。っつーか結構、有名だぜ。ギルドも手を焼く、凶悪な盗賊一味だって話」
「ギルド」
「ああ……ええっとなぁ……同じ目的を持った人たちが集まるところ」

 ヤマグチが説明に困ったところを見て、ナガセは胡散げに顎を引いた。

「……だいぶ端折ったでしょ」
「説明しにくいんだもん。ギルドって一口に言っても色々……」
「何となくは分かりますよー、オレだって。つまり……ほら。リーダーとかタイチくんが入ってたじゃないッスか。アリアハンの大通りの……」
「そりゃ商店街組合だ」

 シドニー通り商店街組合の、紅茶にお茶菓子まで付いた会合の、あの何とも言えぬ、のほーんとした様子を知るヤマグチは、両者の落差から来る脱力感でつっこみが数秒遅れた。
 それもギルドの一種、と言われれば確かに大きくは間違いないので、否定はできない。
 否定はできないが、明瞭な差異は存在する。

「ギルドって言やギルドだけどね。商店街組合は合法、盗賊ギルドは基本的には違法。まぁ……当然か」
「あ、盗賊ギルドって、違法……なんスかやっぱし。何か、結構、どこにでもありそうな雰囲気なのにね」

 鋭い。
 ヤマグチは、グラスを傾けようとしていた手を止めて、ナガセを一瞥する。
 さして深い意味を含まない、率直な感想だったのだろう。もくもく夕食を食べ続けている。

「うん。良い線突いてる。実際、どこにでもあるんだよ。特に大陸の西側は多いんじゃねーかな」
「え? けどそういうのって取り締まるんでしょ、騎士団が」
「表向きは探索とか海運とか、別の仕事を取り扱ってる場合が大半なんだ。騎士団も迂闊に動けないんじゃねぇ?」

 騎士団に所属していたとは言え、ヤマグチの意見も半分は知識、半分は推測で成り立っている。
 アリアハンには、盗賊ギルドどころか、そもそも冒険者ギルドすら存在しなかった。
 ナガセが、商店街組合を真っ先に思い浮かべたのは、無理もないこととも言える。

 ロマリア、ポルトガを始め、大陸西は通商が盛んな豊かな国家が連なっている。
 豊かさを象徴するように、一部に富を得て成功した特権階級が現れ、またその一方で、貧しい下層階級や、特権階級を憎む者たちが生まれ、結果的に裏稼業を生業とするギルドが横行してしまう、必然である。
 おまけに、商業に関わる陸運海運といった隠れ蓑が過分に用意されているのだから、タチが悪い。
 取り締まるにも、限界があるということなのだろう。

「なるほどー。じゃあその……ガン……タタ盗賊団組合?……も、何か別の仕事してたりするってことかー」

 カンダタ盗賊団が労働者組合のようになってしまった。
 話の腰を折るのも何なので、ヤマグチは、ナガセの色々な間違いを正すのを放棄することにした。

「うん……? いや……そういう噂は確かに聞かねぇな。有名な盗賊団、っては聞くけど」
「あの盗賊団には、隠れ蓑なんてありませんよ。名前の通り『盗賊団』なんです」

 二人のグラスに水を注ぎ足しながら、店の主人が話す。
 正々堂々と強盗している集団(言い方としては多少語弊があるやもしれないが)ならば、とうの昔に、騎士団しかり治安組織が動いていることだろう。
 それでも捕まらない。捕まえることが出来ない。
 となれば、相当な手馴揃いか、あるいは何らかの理由があるか、だ。

「あ! 分かった!!」

 ヤマグチの思案をいち早く察したナガセが、声を上げる。
 嬉々としてテーブルに身を乗り出した。

「アレじゃないッスか!? ほら、お金持ちの家から盗んで、貧しい人たちに配る、っていうの。何だっけ?」
「義賊?」
「そう、それ!! だから騎士団も見てないフリ、みたいなー……」
「いえ全然」

 横合いから平常心で、店の主人はナガセの意見をこれまたドライに切り捨てた。

「ごく普通の行商隊や旅人も襲われてます。女子供も容赦なしです。しかも、活動区域は大陸西のほぼ全土ですからね……一体構成員が何人いるのやら……。分かってることと言えば、どうも、潜伏しているアジトが、ポルトガ方面だってことぐらいで」

 ポルトガ。
 空気がすいと方向を変えた。ごく最近よく耳にしている地名である。
 ヤマグチが、手元のグラスを探している。ナガセも確実に気がついているにちがいない。

「アジト、分かってるんスか?」
「いえ、さすがに詳しい場所までは……捜索するにしても王様が放り出しちゃって、騎士団、動かそうとしないもんですから。仕方ないから側近の大臣様とかが、冒険者向けに討伐依頼出したみたいですよ」

 結果、莫大な報奨金目当てに古今東西冒険者が大挙してロマリアに押し寄せ――現在の状況に至る。
 そういうことだったらしい。
 おかげで、冒険者向けの宿や武器道具屋はここぞと繁盛しているので、国民から嬉しい悲鳴はあれど、特に不満は出ていないようである。
 盗賊団の脅威に怯える街、にしては、なかなかに商売根性が据わっているというか、神経が図太い。

「ふぅん。これだけ大きな街なら、騎士団もデカそうなもんだけど……捕まらないもんかねぇ」
「グっさん」

 ナガセがやけに真剣な口調で呼びやった。フォークを休ませている。

「あの、オーブを盗んだ人たちと、何か関係してるかもしれない……とかって考えてます?」
「考えてる」

 時折勘の働くナガセの聡さに感心して、ヤマグチは口の端を上げる。

 盗賊と盗賊団、関係性は安易にして単純すぎるかもしれないが、手元に何のカードも無い今、虱潰しにでも当たってみる価値はありそうだ。
 ロマリア王国を騒がせる『カンダタ盗賊団』の討伐、に。

「ってことは、最初の目的……決まりッスね!」
「んじゃ、残りの奴ら帰ってきてから、その線で話してみるか」

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