OPENING

「ねえ、これ」

 先を行っていたマツオカが立ち止まりざまに、目配せする。
 円形のフロアに仕切られた、ただひとつの部屋。最上階に向かう螺旋階段のすぐ手前の扉だ。
 真新しい空き瓶が転がる近くに、計算された水の染み跡が残っている。

「聖水で結界張ってある」
「ああ。新しいな」

 短く同意したヤマグチが、おもむろに装備を正し出した。
 マツオカの表情が曇る。
 この先に待っているのは、おそらく人間。戦闘、となると、相手もこちらも無傷では済むまい。

「……大事にはしねーよ」
「アンタが言うと説得力が無いのよ」

 すると、この二人の深刻気味な会話に割って入る、日常的な効果音。

 こんこん。こんこん。

 向かって1m左、耳に馴染む家の玄関先の音である。
 二人は錆びかけた蝶番の動きで、そろっと音の出先を見やった。
 知人宅にでも訪れたように、扉をノックする勇者(候補)が一人。

「すみませーん」

 ずが、ごん。

 両サイドから軽く殺意のこもったハリセンが襲う。
Level 02+a.ナジミの搭の3人と2人-(2)
「何だそれは!」
「ご近所じゃねーんだぞ!」
「痛ェ……ってゆか礼儀でしょー!」

 クリティカルヒットしたこめかみの痣を押さえつつ、ナガセが身長差でいきり立った。
 が、彼が文句を言い終わるには幕間が足りなかった。
 反動で豪快に開け放ってしまった扉が、きいと音を立てて動きを止める。

「……漫才しに来たのか、あんたたち」
「いや違うって!」

 思わず右手で空振ったつっこみ、その声の出所に、マツオカがぎくりと表情を固めた。
 ナガセとヤマグチもつられるように、部屋の奥へと目をやる。

「あ、二人組の……」

 そこに居たのは、二人の若い男であった。
 話に聞いた背格好や、簡単には消せない異国の雰囲気で、すぐに察しがつく。例の“二人組の冒険者”だ。

 当然だが、出入り扉から一番遠い窓際に身を寄せている。
 見た限り二人ともが軽装備で、格闘に強いタイプには思えない。

「騎士団の方ですか?」

 男の一人が口を開く。
 まだ少年と言っても差し支えないほど薄い声で、敬語を使われたことにも少し驚く。

「……そんなところです。ここで、何をしてるんですか?」

 さりげなく、背を庇うように歩を進めたヤマグチに、ナガセは眉を寄せる。
 (未だ庇われるような存在なのだ、納得はいかないが。)

「その質問に意味はねぇよな」

 冒険者風のもう一人の男が言うなり、ぶっきらぼうに腕を掲げる。
 ちょうど収まるほどの赤いガラス玉が、手元で光っていた。

「あんたらが探してるのは、これだろ?」

 部屋の灯りが映るたびに、まるで何かが揺れ動くような不思議な宝玉だ。
 目が吸い込まれそうな色合い、ならぬ、実際に目が吸い込まれそうな“何か”の胎動。

「あれって……レッドオーブ?」
「ああ。間違い無い」

 ナガセも直感で理解できた、と同時に確信する。
 これは、単なる飾り物では無い、あるいはそう思わせる、何かを秘めている代物。

「それ盗んだの、やっぱ、あなたたちだったんですね」
「言っとくけど、返す気はねぇからな」

 ナガセたちを睨みつけ、男は、腰にくくり付けたポーチに素早くオーブを仕舞いこむ。

「ゴウ」
「時間かせげよ、ケン」

 ケンと呼ばれた男の、不安げにぶれる視線。真の狙いを隠しているのに、せめて末端だけでも知って欲しいと、ナガセたちに期待をかけているようにさえ見える。
 悪人とは、到底思えなかった。

「あの……何でオーブを盗んだんスか?」

 唐突に、まるで対等な位置に立ったナガセの問いに、呆気に取られた二人の男が眉根を寄せて互いを見合った。
 やはり、悪党ではないらしい。それどころか、罪の意識さえ感じているようなのだ。

「……関係ねぇだろ」
「“六つ集めると願いが叶う”?」
「なら、見当外れでしょ。そんなの嘘……」

 マツオカがわざと、あざ笑うように口にしかけた言葉を、

「でも少なくとも、オレたちの願いは叶えてくれる」

 強く遮って、男の一人が放つ。
 先ほどの柔い声が、似つかわしくないほどの意志を秘めている。

「六つ集めると手に入るのは……“この世の全てを制する翼”だ!」
「……何で、それを知ってる!」

 ヤマグチが、まるで半ば衝動的に剣の柄に手をかけた。
 その明らかな動揺。

 “この世の全てを制する翼”?

 驚いたのは、ナガセとマツオカだ。
 そんな様子の彼を見るのが滅多に無い、ことも理由の一つだが、何のことかと尋ねるヒマが、あろうはずもない。

「オレらは、もうこれに頼るしかねーんだよ!」

 強い口調の直後、まるで対称的な静かに動いた唇、音の並び。
 強く発せられた魔の波動に、マツオカが逸早く覚った。

「二人とも……退がって!」
「――“立ちはだかれ、閃熱の盾”!」

 ――魔法!?

 ナガセが反射的に剣を構えたが、それで防げるほど甘い攻撃では無かった。
 床に赤い帯が横切ったかと思われた次の瞬間、鋭い炎の波と化して、轟音と共に走り抜ける。

「退がれ、ナガセ!」

 炎の波との間に割り込んだヤマグチが、外套を翻した。
 真っ赤に熱せられた空気が、ナガセの剣を持つ腕にじわりと痛い。
 幸いにもすぐに掻き消えた炎の壁を追いかけるように、さらに手前の青年が走り込んでくる。

「ヤマグチくん、前!」

 利き手で外套を払ったヤマグチが、剣を構えられない。
 咄嗟に、ナガセが前に出た。
 だが、目の前で持ち直した剣の柄に透かす青年の顔、たった一瞬のためらいが、ナガセの動きを止めてしまう。

「武器持ってる方が有利だなんて、思わないことだね」
「……!」

 眼前にまで間合いを詰め、青年は剣を、足で強烈に蹴り上げたのだ。
 まさか、武器を一切持たない相手が、素手で接近戦を挑んでくるとは。
 ナガセは圧倒された。弾き返された剣身を、かろうじて指先で持ちこたえる。

「“光芒の波を還し、流れを断て……”」

 後退りしたナガセの耳に、今度は聞き慣れない言葉の羅列が飛び込んできては思わずして身構えたが、はたと、それがマツオカの声だと気付く。

「“……沈め、魔封じの枷”!」
「――マホトーン!?」

 マツオカの空を払った指が、円の軌跡と、精密なルーンを描き出す。
 魔封じ、すなわち呪文を使えなくする呪文だ。成功すれば、魔法使いにとって致命的なダメージとなる。

「くそッ」

 大きく体勢を崩されながらも、紙一重の差で魔方陣の光から逃れた男は、悪態を吐く。

「やっぱ三人相手じゃ分が悪いか。仕方ねぇな。逃げるぞ、ケン!」
「詠唱始めて! あの僧侶は……」

 きっ、と青年が睨んだ視線の先に、たった今、魔封じを放った元凶が。
 「……もしかして、オレ?」と、とりあえず、マツオカは無理やり可愛らしく小首を傾げて見る、が、

「オレが封じる!」
「ちょ、ちょっと待った! オレは格闘は全ッ然……」

 うろたえている間にも青年は高速で近づいてくる(なんてものでは無い、まさに飛んでくる)。
 進路を阻んだのは、騎士剣を閃かせたヤマグチだ。

「解ってるのか? それを集めるってことは“世界を制する力を持つ”ことなんだぞ」
「……関係ないよ、そんなの」

 言葉の終りに、ぽろりとこぼれた落胆は隠しようもなかった。
 強い瞳の奥が、哀しそうに揺れたのに気付いたナガセは一人、戸惑う。

「オレたちは、ただ帰りたいだけなんだ!」

 “どこ”に?

 ナガセの当然に浮かんだ疑問を、横やりからすぐに打ち消しに来る。
 粗雑な言動に垣間見える優しい眼と、自嘲したような笑みが。

「……帰れねーんだよ」
「どういう、こと?」

 ナガセが怪訝そうに眉をひそめるが、青年はゆっくりと目線を逸らす。
 ――質問には、答えられない。そう示唆した口元がわずかに滑る。

「……“万里の空白を縫い止めて、飛べ”」

 青年らの足元に、刹那、細い光の円が浮かび上がる。

「“我らの望む大地へと”」

 呪文。
 その確実に聞き覚えのある詠唱を前に、ヤマグチは大きく振り返る。

「マツオカ!」
「……無理! 間に合わねぇよ!」

 “魔封じ”も呪文の一種、詠唱に時間がかかるのだ。
 舌打ちしたヤマグチが剣を払うが、その切っ先が届かんとする直前、既に呪文は完成していた。

「待て!」

 他の誰であっても迷いは無かっただろうが、ナガセの声だったせいか、青年は一瞬だけ、ためらいがちな目つきでこちらを見た。
 しかし、すぐに確かな顔つきでもって、頭を振る。

「じゃーな」

 揺らめいた大気の波が陣をかき消した瞬間、二人の男の姿は、光の粒となって、音の速さで外へ飛び出した。
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ギラ : 閃熱の下級魔法。火炎の帯で敵グループを攻撃する。
マホトーン : 魔法封じ。一定時間、対象相手の呪文を使えなくする。