OPENING

 業務報告のために残ったヤマグチを除いて、四人は城門横の勝手口手前までやって来ていた。
 「んじゃ撤収、帰り道は分かるよな、おやすみ」と、子ども扱いしているのか、はたまた一人前扱いしているのか(おそらく前者であろうが)、幸先不明瞭なヤマグチの発言により、さっさと帰宅を促されたのだ。
 無罪放免のタイチには、衛兵もついていない。
 シゲルは欠伸をするふりをして、横目でナガセを覗った。

 このまま、今のあらゆる決意もうやむやにされてしまいそうで気分が乗らないのだろう、ナガセは、気難しげな顔で勝手口付近をうろついている。

「帰るか、ナガセ」
「……はあ」

 タイチが、不満げなその背中を押す。
 久しぶりだという感覚ではないはずだが、ナガセの動作は、どこかぎこちない。
 シゲルが呑気にトランプカードを持って、タイチに面会するために城にやってきて(顔パス)から、現実に過ぎた時間は、24刻と満たない。あれだけ走り回って考え巡らせた大冒険が、実はたった一日の出来事だったのだ。
 ナガセは今更ながらに気づいている。
 時間というものは、欲しいときに限って、あとほんの少し足りない。

「あれ?」

 勝手口を半歩ほど出かけたところで、シゲルが動かないのに気づいたマツオカが、振り向く。

「リーダーは?」
「ああ、うん。ちょいヤマグチに話があんのや。そのあとすぐ帰るよ」

 そう言いながら、シゲルは中庭の手近な石椅子に、既に腰掛けている。

「もう若くないんだから、さっさと済ませて帰んなよ」
「何言うか、夜はこれからやで!」

 タイチのさらりとした毒に、シゲルが無理やり食って掛かる。
 ナガセなどは困惑したように首を傾げる会話であるが、その裏、シゲルが密かに人払いを頼む合図を送っていることを、残り二人は気付かない。

「ナガセは、はよ帰って寝ぇよ」

 結局、ナガセを子供扱いしてしまうシゲルである。一気に不満ゲージを十個点灯させて、ナガセはむすりと眉を寄せる。

「オレ、ヤマグチくんに話さなきゃいけないことがあって」
「お陽さんが上ってからでもええやろ? 今日はもう遅いし……」
「今、話さなきゃいけないんです。明日じゃ、遅い」

 肝心なところで尻切れになってしまった反論に、シゲルが少し目を見開く。
 年長の魔法商人は、敏く見抜いたようだった。

「なら、一緒に待とうか」
「……はい」

 自然と敬語になっていたナガセを、マツオカは何事かと眺めていたが、その会話に口を挟もうとする前にタイチに袖を掴まれてしまった。

「帰るぞ」
「ああ……うん」

 四人がそれぞれの思惑でもって、この危うい場面を乗り切ろうとしている見えない力が働いているようだった。


 アリアハン城向かいの大通りを、タイチとマツオカは連れ立って右に曲がった。
 マツオカの住まいであるリア教会内敷地とは、逆方向である。おそらくルイーダの酒場に寄ってから帰るのだろう。

 本当に、帰ってくれるのだろうか。

 この期を逃すな、と記憶の中の“誰か”が囁いている。
 二年間思い続けた願い事の先に、ようやく光が見えてきた矢先のこと。
 一度は集まった十色の五人が、今、再び別々の道を歩き出そうとしている。
 もう、彼の決意は固まっている。ならば、とナガセは静かに眼を閉じる。

 今から、オレは自分の道を探しに行く。
Level 03+a. アリアハン城の5人-(2)
「賊は二人組。一人は魔法使い、もう一人はおそらく武闘家でしょう。“人間”のようでした」
「……バラモスの手先では無いようだな」
「そのようです。断言は出来ませんが」

 ヤマグチは、謁見の間に来ていた。
 会話に不便ないように一つだけ灯された燭台が、フロアの唯一の仄明りだ。

「だが……何故、その賊とやらが“翼”のことを知っているのか……」

 会話の相手は、ヤマグチの数歩前で、荘厳な椅子に深く腰掛ける男。
 アリアハンの国王、その人である。
 羽織っているガーブは綿の簡素なものだったが、纏う雰囲気は既に一国の王を思わせる。
 時間帯からしてもつい先ほどまで就寝していたはずだが、かつて魔法戦士として名を馳せた王の、要点を突く口調は適確で速く、かつ鋭い。

「それを知る人間が少ないわけではないでしょうが……」
「確かにな。王族か神殿の関係者なら有り得る」

 そう言った後、闇の中で薄く笑みを浮かべる。

「敵はバラモスだけでは無いということかな」
「陛下」

 ヤマグチの咎めるような短い呼応に、国王は肩をすくめた。
 場の空気をあっさりと変えられるのも、この王の特技である。背筋を正す。

「俺が危惧しているのは盗まれた事実じゃない。その二人組の賊から、奪われる可能性の方だ」
「むしろ、そっちの可能性の方が高いでしょうね」
「話を聞く限り、賊とやらがオーブを悪用するつもりは無いだろうが……」

 世の中には、色々な種類の思惟がある。
 例えば、賊二人の背後に何か大きな黒幕があったとしても不思議ではないのである。
 王の溜め息の後の沈黙は長い。

「本来なら、こういう時分にこそ各国は協力し合うべきだと思うんだがな。この小国はどうも平和すぎるらしい……綺麗事だと思ってるだろう?」

 ヤマグチは小さく微笑むだけだった。彼の小国の在り方が気に入って滞在する人間もここに一人居るのだと、無言の内に含めてみる。
 あえて静けさを破るように、王は大袈裟に衣服を揺らす。

「……オーブを追うか?」
「それが、私の役目です」
「では、騎士団長の席はどうする?」
「辞めさせてもらいます」

 ヤマグチの即答である。国王は不機嫌そうに眉根を寄せる。
 だが、それが決意を鈍らせる理由にはなり得ないことは、おそらく承知している。

「空席にはしないで下さい。後進でしたら副長を」
「まだ若い」
「爺さんよりかは強いですよ」
「まだ未熟だろう」
「私より、頭が良い」

 押し問答は終わらない。王は一瞬、天井を仰いだ。

「お前がそう言うのなら、別に構わんが」

 妥協したようだ。
 ヤマグチは、現在、騎士団副長に就いている青年の資質を本人が思っているよりも高く買っている。
 彼ならば間違いなく、騎士団を(おそらく今よりも)上手くまとめてくれることだろう。
 ほっとする暇も無しに、王は組んだ両指の間から、視線を一点に注いできた。

「……“彼”は、連れて行かないのか?」

 来るべき質問が来た、といったところか。
 王の言う“彼”とは誰を指しているのかを、ヤマグチは知っている。だからこそ、首を横に振る。
 その反応が不服だったのだろう、王は即座に問いを重ねる。

「“銀の魔力”を持つ人間だとしても?」
「……」

 ヤマグチは最初の質問に答えなかった。

「お世話になりました」

 唐突に頭を下げたヤマグチに、王が平静を装ったまま動揺するのが見て取れる。

「こんな冒険者かぶれを拾って戴いて。感謝してます」
「俺は、お前を拾ってやった覚えなんて無いが……」

 王は、燭台の灯りが切れるような位置に、首を傾けた。

「お前の騎士剣は、確かに俺が預かる」

 戻って来い、と言っているのだ。
 ヤマグチに躊躇いは無い。しかし、直接的な返答ができなかった。
 帰ってきます、と宣言するには、自分はあまりにも不安定な存在だった。

「……お世話になりました、ウエクサさん」

 それでも信頼の証として、王の名を呼んだ。
 全て終わったら、この心地よい小国に戻って来ようと、心に誓っていた。
 出来れば、そのときに自分の周りに、あの四人の仲間がいて欲しいとも思っていた。
 贅沢を過ぎているだろうか。

 ヤマグチは騎士団長として最後の敬礼を送り、謁見の間を後にする。

「どうも……優しい人に慣れすぎたのかもしれないな」

 ぽつりとつぶやき残しておいた。
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