夜明け前、ナガセは珍しく目覚めが良い。
着込んでいるのは、厚手の旅人の服。ベッドの下から引っ張り出した古めかしい革の鞄に、きゅうきゅうに詰め込む薬草、毒消し草、満月草、ブロンズナイフに保存食、宝物だった小さなメダルと、タンスの二枚底に仕舞っておいた心ばかりのヘソクリと。
それと、あともうひとつ。
ゆるりと階段を下りる。
階段下の暗い物置の、奥の奥に、目指す新聞包みが埃を被っている。
古くなったから家に置いていったのだと、母はそう言っていた。
新しく造り直すこともなくて、使ってはいけなくて、でも売れなくて。ただ、物置の壁の装飾ようにひっそりと存在していた包みが、そこにある。
あの言葉の理由に、もっと早くに気づいておけば良かったのだ。
麻紐を解き現れた、包み紙の中身は、剣だった。
しっかりと柄を抱えて鞘から引き抜いてみる、重い感触。ところどころ錆付いて擦れる砂音。
剣と言うには少々、心許ないかもしれない。それでも、これは譲れない。
ナガセは、物置から剣だけを持ち出した。
早速身に着けてみると、思ったよりも長めの刀身と、真剣の重みに少しだけためらう。
忘れ物は、もうない。
静かに、扉を開ける。
吸い込む慣れ親しんだ外気にさえも、新しい何かを見つけられる気がして立ち止まる。
玄関の前で、最後に一度、振り返った。
「行ってきます」
動き出す朝の少し前、ナガセはまだ眠ったままの家を、発つ。
「……最近、教会の中、なんかスッキリしたなぁって思ってたんですけど」
少しだけ憂いのある声に箒を止めて、マツオカは振り返る。
声の主は面白くなさそうに、玄関口に立っている。
後輩の僧侶だった。僧侶という立場に関しては、マツオカにとって、こと先輩のような存在でもある彼。
すらりと細長い身体を預ける、見慣れた教会の門と一緒に、記憶に焼き付けておく。
「こういうことだったんスね」
「あれ? 言ってなかったっけ。オレがいなくなったら教会のこと頼むね、ってさ」
「そんな、酒の席で言ったような話なんて……覚えてないですって」
「覚えてんじゃん。ごめんねー。色々、押しつけちゃうけど」
そう言って、ひとまずは箒を押しつけてみる。
一瞬、面食らった彼だが、心底から溜め息吐いて、結局箒を受け取った。
「子供たちに何て言い訳すればいいんスか? マツ兄ぃは遠いお空の向こうに旅立ったのー、とか?」
「ちょっとアイバくーん? そんな死んだヒトみたいな……今生の別れじゃないんだから」
「黙って行くつもりだったでしょう」
不意に一転した真剣な口調に、マツオカは軽く笑って流す。
玄関すぐ横の旅支度を確認する素振りだが、実のところ、中身は一昨日のものとほとんど変わらないのだ。
「いや。ちょっとした予定外でね。今日、出る。アイツらと、一緒に行くことになった」
「え? あ、それは……そうですか。良かったですねぇ」
青年はひとしきり瞬きして、バツ悪げに微笑んだ。
何かしらの言い訳で、取り繕うとでも思っていたのだろうか。
少し前のマツオカだったら、確かに誤魔化していたかもしれない。
この数日で、どのくらいの心境の変化があったのか、正直マツオカ自身にもよく分からない。
「ああ、そう……そうだ。マツオカさん」
ふいに、彼に似合わない畏まった敬語で呼びかけられる。
一体何事かと、マツオカが顔を上げると、既に用意されていた旅支度の上に、ぽんと無造作に革袋が一つ重ねて置かれた。
「餞別です」
青年は、にこにこと底知れぬ快晴な笑みで、次の行動を待っている。
急かされるままに、マツオカは袋の中身を覗いてみた。
途端に、絶句した。
全て銀貨だったのだ。ざっと1000、いや2000ゴールドほどはあろうか。
「ちょ……何これ!? こんなにどうしたの!?」
「神父様が毎月送ってくれてた分の貯金ですよ。生活費の足しに、って」
「何で……」
言いかけたマツオカの後に続く台詞を、素早く切り取る。
「言ったら怒るでしょ。だから取っておいたんです」
「余計、受け取れねぇっての。教会の生活費なんだろ?」
「今までの生活費は、ずっとマツオカさんが出してくれてたじゃないですか。被ってた分ですよ。それに、国の補助金もありますし」
押し戻そうとした革袋を、また逆に押し返されてしまった。
困ったマツオカは、渋々と受け取る。
「なら、預かるってことで」
「はい。それから旅先で会ったら、宜しくお伝えください」
「……そういうことなら、言われなくても」
革の巾着袋をカバンの一番奥に大事にしまって、マツオカは決意を込めてうなずいた。
「会いに行くんだからさ。あの放蕩神父に」
その朝、ルイーダの酒場のガラス戸に、一枚の貼り紙が引っ付いた。
――『長期休業』
はがれようと粘る紙切れに、ぺしんと食らわす、生涯現役盗賊の止めの一撃。
「何だ、今日は休みか」
笑いを含んで、背後からかけられる声がある。
こんな朝早くに飲み出す客などいないというのに、タイチは答える。
「お酒は出せないよ」
「はは」
わずかに振り向いたところ、戦士が腕を組んでいるのが視界の端に入る。
思いのほか、きっちりとした格好のヤマグチであった。
大きめのカバンに、黒鋼の鎧とえんじ色のマント、だが騎士剣は身に着けていない。
「出張?」
「はは」
「あー、旅行?」
「はは」
何を聞いても、ヤマグチは笑って返す。
目的が一緒だということに、二人とも、気づいてしまったからだ。
否、こうなるであろうと予測していたからだ。
「わかった。じゃ、家出だ?」
「はは。ガキかよ」
たぶん、嬉しくて仕方ない。
「迎えだよ」
タイチが指差した方向に、ヤマグチもつられて目を向ける。
メインストリートを曲がってくる僧服の男に、喧々と怒鳴られながらも、ちょこちょこ後ろをついてくる商人風の男。
後ろの商人の荷物が多いのを気にかけているのか、僧侶はちょっと進んでは立ち止まる、振り向く、そして興味なさげにまた歩き出す。(そんなに気になるなら、少しは持ってあげればいいのに。)
「おっかしい」
「だな」
二人は示し合わせたように大声で笑い出した。
「ちょっとちょっとぉ……」
「笑っとらんで、助けてぇな」
笑い声に気付き、肩を落とした僧侶マツオカと、巨大な道具袋をずるずると引きずる、魔法商人シゲルである。
「リーダー、何、この大荷物」
「うわ、ガラクタばっかじゃん」
「ガラクタて。全部売り物やん。あと魔法道具。あー、ちょ、もっと大事に扱うて! ソフトに!」
およそガラクタという表現が正確な物体たちを、カバンの隙間にぎりぎりと詰め込んだ結果、許容量を超えたカバンは、パンク寸前だ。
シゲルが持てそうにない魔法道具(仮)の数個を、仕方なしに分割する。それでもカバンに入りきらない。
「抱えて一日歩ききれないような分は諦めろ」というヤマグチの意見により、いくつか置いていくことになった。
道端にアイテムを並べて、シゲルは選別に唸っている。
「……なにしてんの?」
さて、ガラクタ漁りをする変な四人組の背後から、ごく普通の質問が投げかけられる。
「おー、おはよさん」
「よぉ、遅かったな」
「あー、ちょうど良いところに」
「ちょ、手伝って、ナガセも。もー、この人荷物多すぎんのよ」
ぽかんと立ち尽くした、勇者(候補)。
ナガセだった。
「あ、わかった。ゴミ拾いッスか」
「なッ……ナガセ! おかーちゃんはそんな子に育てた覚えはないで!」
吹き出したタイチが、古めかしい杖を一本ぽきりと折ってしまった。(シゲルの断末魔の叫び付録。)
集合場所はルイーダの酒場前通り、アリアハンの街門付近である。
ナガセは最後にやって来た。もっとも、自宅は目と鼻の先なので、所要時間は二分弱もかからない。
時刻は、白の一刻と半分。人気は疎ら。
昇り始めたばかりの薄い色素の太陽が、シドニー通りに光輪を掛ける。
上々な滑り出しだ、とナガセはこっそり思う。
「って、集合したのはいいけどさぁ。定期船は出ちゃってんのに、これからどうするわけ?」
「どっちにしたって、船で行ってもすぐには追いつけないだろ。相手は転移魔法使えるんだし」
確かにそうだ。
だが、船以外に島国アリアハンを出る手段など、無いはずだ。
「そこは騎士団の強み、だな」
「あ、まだヒミツの抜け道とかあんの?」
「まぁ、そんなとこ」
大陸最東端の街まで地下道でも繋がっているのだろうか。
とは言え、海路で二ヶ月分の距離。到底、歩いて行けるとは思えないのだが。
諸々の疑問が頭に浮かんでは、立ち消える。
「とりあえずはレーベの村やろな。良い薬草も揃えておきたいし……」
「近場で残念だろ、ナガセ?」
諸々の疑問を考えようとするより先に、動こうとする体がある。
「ぜんぜん。超楽しい」
待ちきれなくて、ナガセは街門を走り抜けた。
今日限りは特別の意味を持つ敷居の外で、アリアハンの街並みにじっくりと目を凝らす。
生まれ育った街を長く離れる、それは、確かに少し心細いことではある。
けれど、まだ始まりもしていないのに、無性に楽しい。
一つの嬉しい誤算と合致とが夢でないのだと分かるたびに、一人、にんまりと笑ってしまう。
旅立ちの朝に、ナガセは気付いたのだ。
二年前に交わされたナガセだけの約束が、今日、五人の約束になったことを。
そして今から――アリアハンの5人で。
アリアハン王国暦195年、四の月。
辺境の島国アリアハンから、盗まれた国宝を追って旅立った五人の男がいる。
やがて五人の旅が、後に世界の命運を握ることになろうとは、このときは、まだ、誰も知り得ないことだった。
着込んでいるのは、厚手の旅人の服。ベッドの下から引っ張り出した古めかしい革の鞄に、きゅうきゅうに詰め込む薬草、毒消し草、満月草、ブロンズナイフに保存食、宝物だった小さなメダルと、タンスの二枚底に仕舞っておいた心ばかりのヘソクリと。
それと、あともうひとつ。
ゆるりと階段を下りる。
階段下の暗い物置の、奥の奥に、目指す新聞包みが埃を被っている。
古くなったから家に置いていったのだと、母はそう言っていた。
新しく造り直すこともなくて、使ってはいけなくて、でも売れなくて。ただ、物置の壁の装飾ようにひっそりと存在していた包みが、そこにある。
あの言葉の理由に、もっと早くに気づいておけば良かったのだ。
麻紐を解き現れた、包み紙の中身は、剣だった。
しっかりと柄を抱えて鞘から引き抜いてみる、重い感触。ところどころ錆付いて擦れる砂音。
剣と言うには少々、心許ないかもしれない。それでも、これは譲れない。
ナガセは、物置から剣だけを持ち出した。
早速身に着けてみると、思ったよりも長めの刀身と、真剣の重みに少しだけためらう。
忘れ物は、もうない。
静かに、扉を開ける。
吸い込む慣れ親しんだ外気にさえも、新しい何かを見つけられる気がして立ち止まる。
玄関の前で、最後に一度、振り返った。
「行ってきます」
動き出す朝の少し前、ナガセはまだ眠ったままの家を、発つ。
Level 05. アリアハンからの5人
リア教会の門前を、朝早く掃除する男が一人。「……最近、教会の中、なんかスッキリしたなぁって思ってたんですけど」
少しだけ憂いのある声に箒を止めて、マツオカは振り返る。
声の主は面白くなさそうに、玄関口に立っている。
後輩の僧侶だった。僧侶という立場に関しては、マツオカにとって、こと先輩のような存在でもある彼。
すらりと細長い身体を預ける、見慣れた教会の門と一緒に、記憶に焼き付けておく。
「こういうことだったんスね」
「あれ? 言ってなかったっけ。オレがいなくなったら教会のこと頼むね、ってさ」
「そんな、酒の席で言ったような話なんて……覚えてないですって」
「覚えてんじゃん。ごめんねー。色々、押しつけちゃうけど」
そう言って、ひとまずは箒を押しつけてみる。
一瞬、面食らった彼だが、心底から溜め息吐いて、結局箒を受け取った。
「子供たちに何て言い訳すればいいんスか? マツ兄ぃは遠いお空の向こうに旅立ったのー、とか?」
「ちょっとアイバくーん? そんな死んだヒトみたいな……今生の別れじゃないんだから」
「黙って行くつもりだったでしょう」
不意に一転した真剣な口調に、マツオカは軽く笑って流す。
玄関すぐ横の旅支度を確認する素振りだが、実のところ、中身は一昨日のものとほとんど変わらないのだ。
「いや。ちょっとした予定外でね。今日、出る。アイツらと、一緒に行くことになった」
「え? あ、それは……そうですか。良かったですねぇ」
青年はひとしきり瞬きして、バツ悪げに微笑んだ。
何かしらの言い訳で、取り繕うとでも思っていたのだろうか。
少し前のマツオカだったら、確かに誤魔化していたかもしれない。
この数日で、どのくらいの心境の変化があったのか、正直マツオカ自身にもよく分からない。
「ああ、そう……そうだ。マツオカさん」
ふいに、彼に似合わない畏まった敬語で呼びかけられる。
一体何事かと、マツオカが顔を上げると、既に用意されていた旅支度の上に、ぽんと無造作に革袋が一つ重ねて置かれた。
「餞別です」
青年は、にこにこと底知れぬ快晴な笑みで、次の行動を待っている。
急かされるままに、マツオカは袋の中身を覗いてみた。
途端に、絶句した。
全て銀貨だったのだ。ざっと1000、いや2000ゴールドほどはあろうか。
「ちょ……何これ!? こんなにどうしたの!?」
「神父様が毎月送ってくれてた分の貯金ですよ。生活費の足しに、って」
「何で……」
言いかけたマツオカの後に続く台詞を、素早く切り取る。
「言ったら怒るでしょ。だから取っておいたんです」
「余計、受け取れねぇっての。教会の生活費なんだろ?」
「今までの生活費は、ずっとマツオカさんが出してくれてたじゃないですか。被ってた分ですよ。それに、国の補助金もありますし」
押し戻そうとした革袋を、また逆に押し返されてしまった。
困ったマツオカは、渋々と受け取る。
「なら、預かるってことで」
「はい。それから旅先で会ったら、宜しくお伝えください」
「……そういうことなら、言われなくても」
革の巾着袋をカバンの一番奥に大事にしまって、マツオカは決意を込めてうなずいた。
「会いに行くんだからさ。あの放蕩神父に」
その朝、ルイーダの酒場のガラス戸に、一枚の貼り紙が引っ付いた。
――『長期休業』
はがれようと粘る紙切れに、ぺしんと食らわす、生涯現役盗賊の止めの一撃。
「何だ、今日は休みか」
笑いを含んで、背後からかけられる声がある。
こんな朝早くに飲み出す客などいないというのに、タイチは答える。
「お酒は出せないよ」
「はは」
わずかに振り向いたところ、戦士が腕を組んでいるのが視界の端に入る。
思いのほか、きっちりとした格好のヤマグチであった。
大きめのカバンに、黒鋼の鎧とえんじ色のマント、だが騎士剣は身に着けていない。
「出張?」
「はは」
「あー、旅行?」
「はは」
何を聞いても、ヤマグチは笑って返す。
目的が一緒だということに、二人とも、気づいてしまったからだ。
否、こうなるであろうと予測していたからだ。
「わかった。じゃ、家出だ?」
「はは。ガキかよ」
たぶん、嬉しくて仕方ない。
「迎えだよ」
タイチが指差した方向に、ヤマグチもつられて目を向ける。
メインストリートを曲がってくる僧服の男に、喧々と怒鳴られながらも、ちょこちょこ後ろをついてくる商人風の男。
後ろの商人の荷物が多いのを気にかけているのか、僧侶はちょっと進んでは立ち止まる、振り向く、そして興味なさげにまた歩き出す。(そんなに気になるなら、少しは持ってあげればいいのに。)
「おっかしい」
「だな」
二人は示し合わせたように大声で笑い出した。
「ちょっとちょっとぉ……」
「笑っとらんで、助けてぇな」
笑い声に気付き、肩を落とした僧侶マツオカと、巨大な道具袋をずるずると引きずる、魔法商人シゲルである。
「リーダー、何、この大荷物」
「うわ、ガラクタばっかじゃん」
「ガラクタて。全部売り物やん。あと魔法道具。あー、ちょ、もっと大事に扱うて! ソフトに!」
およそガラクタという表現が正確な物体たちを、カバンの隙間にぎりぎりと詰め込んだ結果、許容量を超えたカバンは、パンク寸前だ。
シゲルが持てそうにない魔法道具(仮)の数個を、仕方なしに分割する。それでもカバンに入りきらない。
「抱えて一日歩ききれないような分は諦めろ」というヤマグチの意見により、いくつか置いていくことになった。
道端にアイテムを並べて、シゲルは選別に唸っている。
「……なにしてんの?」
さて、ガラクタ漁りをする変な四人組の背後から、ごく普通の質問が投げかけられる。
「おー、おはよさん」
「よぉ、遅かったな」
「あー、ちょうど良いところに」
「ちょ、手伝って、ナガセも。もー、この人荷物多すぎんのよ」
ぽかんと立ち尽くした、勇者(候補)。
ナガセだった。
「あ、わかった。ゴミ拾いッスか」
「なッ……ナガセ! おかーちゃんはそんな子に育てた覚えはないで!」
吹き出したタイチが、古めかしい杖を一本ぽきりと折ってしまった。(シゲルの断末魔の叫び付録。)
集合場所はルイーダの酒場前通り、アリアハンの街門付近である。
ナガセは最後にやって来た。もっとも、自宅は目と鼻の先なので、所要時間は二分弱もかからない。
時刻は、白の一刻と半分。人気は疎ら。
昇り始めたばかりの薄い色素の太陽が、シドニー通りに光輪を掛ける。
上々な滑り出しだ、とナガセはこっそり思う。
「って、集合したのはいいけどさぁ。定期船は出ちゃってんのに、これからどうするわけ?」
「どっちにしたって、船で行ってもすぐには追いつけないだろ。相手は転移魔法使えるんだし」
確かにそうだ。
だが、船以外に島国アリアハンを出る手段など、無いはずだ。
「そこは騎士団の強み、だな」
「あ、まだヒミツの抜け道とかあんの?」
「まぁ、そんなとこ」
大陸最東端の街まで地下道でも繋がっているのだろうか。
とは言え、海路で二ヶ月分の距離。到底、歩いて行けるとは思えないのだが。
諸々の疑問が頭に浮かんでは、立ち消える。
「とりあえずはレーベの村やろな。良い薬草も揃えておきたいし……」
「近場で残念だろ、ナガセ?」
諸々の疑問を考えようとするより先に、動こうとする体がある。
「ぜんぜん。超楽しい」
待ちきれなくて、ナガセは街門を走り抜けた。
今日限りは特別の意味を持つ敷居の外で、アリアハンの街並みにじっくりと目を凝らす。
生まれ育った街を長く離れる、それは、確かに少し心細いことではある。
けれど、まだ始まりもしていないのに、無性に楽しい。
一つの嬉しい誤算と合致とが夢でないのだと分かるたびに、一人、にんまりと笑ってしまう。
旅立ちの朝に、ナガセは気付いたのだ。
二年前に交わされたナガセだけの約束が、今日、五人の約束になったことを。
そして今から――アリアハンの5人で。
アリアハン王国暦195年、四の月。
辺境の島国アリアハンから、盗まれた国宝を追って旅立った五人の男がいる。
やがて五人の旅が、後に世界の命運を握ることになろうとは、このときは、まだ、誰も知り得ないことだった。
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